残念エルフ
「ガマちゃん、ギルドへ戻るっす!」
もう俺の心はブレない。俺にはチートスキルも美形の顔もないが、この世界を誰よりも知るゲームの知識がある。それなら、この知識と彼女の好意を徹底的に利用してでも生き残るまでだ。
「お……おう!」
後ろめたい気持ちがないと言えば嘘になる。だが、素直にクロエの好意に甘えるのも悪くないだろう。再び冒険者ギルドへと足を踏み入れた。扉をくぐると、前回、俺を取り囲んでいた冒険者たちが、一斉にクロエから目を逸らした。あのイケメン冒険者パーティーを一瞬で叩きのめした彼女の圧倒的な強さにビビり散らかしているのだ。俺はそんな視線をどこか誇らしい気分で受け流しながら、クロエの手を握ったまま受付カウンターへと向かった。
「冒険者ギルドへようこそ! 本日はどのようなクエストをお求めでしょうか?」
「生活クエストでお願いするっす!」
対人恐怖症でコミュ障の俺は、綺麗な受付嬢を前にすると緊張で声が詰まってしまう。だから窓口の対応はすべてクロエに任せる。これは甘えではない。お互いの長所を活かす適材適所だと自分に言い聞かせた。
「生活クエストですね。ではお好きなクエストを選んでください」
オルデンのクエストには生活と討伐の2種類がある。そして、MMORPGでありがちなランクシステムは存在しない。ランクの概念はないが報酬がランクの代わりといえる。報酬が高いほど高難易度なのだ。受付嬢は分厚いファイルをクロエに手渡した。
「ガマちゃん、これが一覧っすよ!」
クロエが振り返り、依頼書が閉じられたファイルを俺に手渡してくれた。目次を滑らせるように探す。
「……あった! クロエ、この『大図書館の地下倉庫の掃除』の依頼を受けよう」
かつて無数の美女と出会うために生活クエストをやり込みまくった知識を利用する。
「この大図書館の地下倉庫の掃除を受けたいっす!」
「かしこまりました。大図書館の地下倉庫の報酬は50万円になります。報酬は進行度合いによりお渡しする歩合制と完全に掃除を終えてからお渡しする完全報酬制がありますが、どちらにしますか」
「クロエ、歩合制にしてくれ」
俺はクロエに耳打ちをする。この大図書館の地下倉庫を2人で完全に掃除するには2週間程度は必要だ。生活するには歩合制でお金をもらう方が良い。
「歩合制っす」
「かしこまりました。では、良いご報告をお待ちしております」
大図書館の地下倉庫の掃除なのに、50万という報酬は明らかに高い。しかし、俺なら問題ないと確信を得ていた。
俺たちはすぐに大図書館へ向かう。道中、俺はクロエが大好きな『暗黒騎士伝』の物語にじっと耳を傾けた。1000人の女性を攻略した俺の鉄則、それは『相手の話を否定せず、じっくりと聞くこと』だ。目をキラキラと輝かせながら熱っぽくヒーローの魅力を語るクロエの可愛らしさに視線を奪われながら、俺たちは穏やかで楽しい時間を過ごした。
王都には4つの大図書館が存在する。俺たちの拠点となる南区にあるのは、その中でも最大規模を誇る大図書館だ。お城のように壮大な真っ白の大理石で建てられており、知的な美女との図書館デートにはうってつけのロケーションと言える。館内にはレストランや個室も完備されているので、お金に余裕ができたらクロエと一緒に彼女の好きな英雄伝を読むのも悪くない。
……もっとも、そんな贅沢をするには資金が圧倒的に足りない。今はとにかく当面の生活費を稼ぐのが最優先だ。
華やかな本館の雰囲気を横目に、俺たちは地下倉庫へと向かった。
1階のガラス張りの綺麗なフロアを抜け、クロエが受付嬢に話を通して地下室の重い扉を開ける。階段を下りた先に広がっていたのは、薄暗く、とてつもなく広い空間だった。そして、無数の本棚が倒れ、床一面に古書が散乱する惨状だった。
本棚をすべて起こし、散らばった本を元通り収納する、もしくは、全てを廃棄して更地のように綺麗にするのが今回の依頼内容だ。最低でも2週間、更地のように綺麗にするなら1カ月は必要かもしれない。だが、この依頼で最も大変なのは掃除そのものではない。
「貴様ら! またギルドの使いかッ! ここは我が不夜城! 何人たりとも余の聖域を汚すことは許さんッ!」
部屋の奥から、鋭い喝破が響き渡った。
薄暗い地下室の影から現れたのは、1人の女性だった。身長170cmの細身ですらっとした色白の肢体。腰まで届く神秘的な銀髪と、すべてを透かして見通すような銀色の瞳。その実体は『世界一の魔法の天才』という桁外れの才能を持ちながらも、世間が見向きもしないマニアックなB級魔法に生涯を捧げたことで部族を追われた、筋金入りのはみ出し者エルフ。友達も親友もいない孤独と極貧の果てに大図書館の地下を不法占拠し、自らの魔法で地下空間を勝手に拡張。不人気な書物や他の図書館から盗み出してきた膨大な文献を溜め込み、倒れた本棚すら下敷きにするほどの古書に囲まれたゴミ屋敷を寝床にしている超絶偏屈な引きこもり。しかし、長年着古して胸元や肩がルーズにはだけた白いローブからは、170cmのモデルのような美しい生脚が覗き、鼻かけにはインテリジェンスな赤い眼鏡が光っている。
彼女こそ、俺の真の目的であり、ゲーム時代における不遇の絶世美女エルフ。……通称『残念エルフプラタ』であった。




