B級魔法
「お……俺はギルドの依頼で来たガマ……いや、春夏冬 秋です」
俺の名前はガマガエルではない。春夏冬 秋という、ちゃんとした本名があるのだ。……まあ、そんな自己紹介はどうでもいい。ここはクロエに任せるわけにはいかない場面だ。美女の攻略こそが、俺の真の役割なのだから。対人恐怖症でコミュ障の俺だが、かつてゲーム時代にハーレムの一員として心を交わしたパートナー相手なら、他の女性よりも圧倒的に免疫がある。
「余の城を汚す不届き者には鉄槌を――ッ!」
「待ってくれ! 俺は神聖なこの場所を汚しに来たわけじゃないんだ!」
プラタにとっては、乱雑に古書が散乱したこのゴミ屋敷こそが至高の楽園なのだ。
「……なら、何しに来たのよ」
「あなた様がお探しになっているあの本を、一緒に探したいと思いまして」
プラタのような偏屈な天才には、徹底して敬意をもって接するのが鉄則だ。そして彼女を落とす最大の秘訣は、彼女が大事にしている価値観を絶対に否定せず、むしろ全力で肯定してやること。まずはこの乱雑な空間を受け入れ、次に彼女が愛してやまないマニアックな『B級魔法』を理解してやることなのだ。
「ほほう……? 余が探している本のありかを知っているとでもいうのか?」
この広大な地下倉庫からプラタを連れ出すために必要な鍵、それこそが、彼女が現在一番欲しがっているB級魔法の魔導書【|スカトロジー・ルネサンス《黄金の味覚変換》】だ。これは術者が指定したカレーをうんこ味に変換するという、とんでもなく下品でくだらない最悪の魔導書である。できることならばこの世から抹殺したい魔導書だ。
ゲーム時代の俺は、この魔導書のありかを突き止めるために2週間も探し回った。王都内で聞き込みをしてもまったく手がかりが得られず、散々歩き回った挙げ句に見つけた場所は……プラタがクッション代わりに横たわっていた、まさに彼女の足元だったのだ。まさに灯台下暗しというやつである。
「もちろんです。プラタ様が今まさに下敷きにされているその本こそ、お探しの魔導書ですよ」
「うそッ!? そんなはずないわ、ここにある本は全部目を通したはず……」
プラタは半信半疑のまま、己の身の下から一冊の古書を引き抜いてページをめくった。
「嘘……! ほんとにあったわ……ッ!」
プラタは赤い眼鏡の位置をクイッと直し、魔導書を胸に抱きしめて魅惑的な笑みを浮かべた。その吸い込まれそうな銀色の瞳と麗しい横顔に、俺の心臓はドクンと大きく跳ね上がる。
「ふふ……これはすぐに実験してみる必要があるわね!」
プラタのその言葉に、俺の胸に突き刺さるような激痛と恐怖が走った。……もちろん、この展開は完全に想定内だ。だが、もう二度とあの味を体験したくはなかった。しかし、ここで逃げるわけにはいかない。
プラタが魔法で瞬時に姿を消し、数秒後、できたて熱々のカレー皿を手に戻ってきた。そう、B級魔法によってうんこ味に変換されたカレーを。
「さあ! 余の記念すべき第一号の実験台になりなさい!」
プラタが自信満々に突き出してきたのは、どこからどう見ても美味しそうなごく普通のカレーだった。スパイシーで芳醇な香りも完璧だ。だが味だけがうんこなのだ。このフルダイブ型MMORPG『オルデン』は、味覚すらリアルに再現される世界だった。1000人の美女たちを美味しいお店に連れて行き、極上の料理を堪能するのもゲームの醍醐味だったのだ。……本物のうんこの味など俺は知らない。だが、一口含んだ瞬間に脳が『毒だ!』と判断して強烈な吐き気が襲ってくるあの激マズな味覚は、間違いなくうんこ味と表現するほかないものだった。
プラタと仲良くなり、信頼を得るためには、彼女のB級魔法の実験台になるプロセスがどうしても必要なのだ。この大図書館のクエストを受けた時点で、俺の覚悟は決まっていたはずだ……!
「……あぁ、喜んで」
俺は震える手でスプーンを握り締めると、迷いを捨てるように、一気にカレーを口の中へと放り込んだ――ッ!




