もろい覚悟
「クロエ、迎えに来てくれてありがとう。本当に助かったよ」
かつてのゲームなら、相手の心の声を読むスキル【万象の心音】があったから、不安になることなどなかった。だが、すべてを失った今の俺にとって、クロエが本当に助けてくれるかは賭けだった。俺はその賭けに勝ったのだ。
「ガマちゃんを助けることができて嬉しいっす!」
クロエは俺の醜い容姿などみじんも気にしていない様子で、歓声をあげて抱きついてきた。重厚な鎧を脱ぎ捨て、漆黒のノースリーブ道着姿になったクロエの豊満な胸が、俺の胸板にムギュッと押し付けられる。
(柔らかい……ッ!!)
ゲームでも手を繋ぐことやキスまではリアルな体感があったが、それ以上の行為は倫理コードの禁止事項だった。どれだけ胸に触れても弾力はなく、冷たいマネキンを触っているようだったのだ。だが、ここはもうリアルな世界。クロエの温かい体温と、柔らかな肌の感触がダイレクトに伝わってくる。
「ガマちゃん、よかったら僕とパーティーを組んでほしいっす!」
俺が下心満載でデレデレと浮かれているのも意に介さず、クロエは屈託のない瞳で話を続ける。心ここにあらず状態だったが、もちろん断る理由など万に1つもない。
「あ、ああ……喜んで!」
こうして俺は、クロエとパーティーを組むことに成功した。だが、これはまだパートナー(恋人)ではない。今はまだ仲間であり、友達となった段階だ。ここからデートや冒険を重ね、信頼を深めることで、真のパートナーを目指す必要がある。かつては3つのレアスキルとイケメンアバターというチートで恋愛無双を誇った俺だが、今の姿はガマガエルのような醜男で本来の気弱な性格、スキルもゼロ。いくら知識があっても、ここからの攻略は一筋縄ではいかないだろう。
「やったっす! やっと真の仲間ができたっす!」
クロエは両手を挙げて大きくジャンプした。身軽になりすぎた彼女は、巨大なギルドの建物の天井に届きそうなほどの高さまで飛び跳ねていた。
「クロエ……いきなりで情けないんだが、俺はお金を全く持っていないんだ。この服の代金も払えないし、今日泊まる宿賃もない。だから、一緒に何か依頼を受けてくれないか」
俺は包み隠さず、ありのままの惨状を伝えた。
「いいっすよ! 僕たちは真の仲間っすからね!」
本当は、覚醒した自分の腕を試すために外で魔獣狩りをしたいはずだ。それでもクロエは、俺の都合を最優先にしてくれた。俺だって外で戦わせてあげたいが、まずは安全に当面の生活費を稼ぎたい。王都の外へ出るには、もう少し仲間を増やした方が確実だ。リアルなこの世界で死ねばそれまで。慎重に動くべきだ。俺たちはまず、王都内で完結する安全なクエストを探すため、ギルドの扉をくぐった。
王都の冒険者ギルドは、円形ホール状の作りになっていた。ゲームではホール中央に巨大な『ワープ柱』があり、触れると別空間の広間に飛ばされて他プレイヤーとパーティを組むシステムだった。だが、目の前にあるのは中央の柱ではなく、円形の巨大な受付ブースだった。5名の女性職員がクエストの受付をしており、それを囲むようにたくさんのテーブルと椅子が並び、あらゆる種族の冒険者たちが酒や肉を喰らいながら賑やかな歓声をあげている。ゲームのシステムとは、まるで違う光景。
「ガマちゃん、ギルドに入るのは初めてっすか?」
「だ……だい、じょび……っ」
紳士らしくエスコートするべき場面なのに、威圧的な冒険者たちの喧騒とギルド内の雰囲気に呑まれ、俺の目は泳ぎ、声は情けなく裏返ってしまう。愛想を尽かされないか不安でいっぱいになり、冷や汗が吹き出した。
「ガマちゃん、気にしないっす!」
クロエは屈託のない笑みを浮かべ、俺の頭をポンポンと優しく叩いてくれた。粗相をした子供をあやすようなその仕草に、情けなさが胸を突く。
「ようお嬢ちゃん。そんな腰抜けなんかより、俺たちの仲間にならないか?」
不意に、横から洗練された声がかけられた。見回せば、周囲の男たちの視線がクロエに釘付けになっていた。重装を脱ぎ捨てた今のクロエは、溢れんばかりのフェロモンとセクシーな褐色肌、そして豊かな胸と太ももを露わにしている。かつて最弱の暗黒騎士とバカにされていた面影など微塵もない。
声をかけてきたのは、彫刻のように整った顔立ちをした、高身長で美しいイケメンの戦士だった。
「僕はガマちゃんの真の仲間っす! ガマちゃん以外とは仲間にならないっす!」
クロエはきっぱりと拒絶する。だが、その誇らしい言葉も、今の俺の耳には届いていなかった。端正なルックスに、恵まれた体躯のイケメン戦士。それに比べて、気弱でブサイクで小太りなガマガエルの俺。誰がどう見ても、クロエの隣に似合うのはあの男だった。
「君……このお嬢さんにどんな脅迫をして縛り付けているんだい? もし悪質な真似をしているなら、容赦はしないよ」
イケメン戦士は、汚物でも見るような冷酷な蔑みの目で俺を睨みつけてくる。
「違うっす! ガマちゃんはそんな人じゃないっす!」
クロエが必死に俺を庇おうと前に出るが、イケメン戦士の仲間たちが俺の周りを囲み始めた。そればかりか、近くのテーブルで飲んでいた他の冒険者たちも、イケメン戦士に同調するように立ち上がり、俺に怒号や罵声を浴びせ始める。
正義感にあふれる美しい戦士と、気弱でおどおどした醜い男。第三者から見れば、イケメン戦士の言い分の方が正しいように見えてしまうのだ。
「貴様、お嬢さんに何をした!」
「なに脅えて黙ってるんだ! やましいことがある証拠だろうが!」
「俺は……俺はただ……っ」
怖い。恐ろしい。対人恐怖症の俺にとっては、大勢からの圧迫感は何よりも耐えがたい地獄だ。声が出ない。弁明すらできない。限界を迎えた俺は、情けなく悲鳴をあげながら、クロエの制止する声も振り切って、必死の思いでギルドから逃げ出したのだった。




