闇夜を統べる黒き拳皇
「おい! ガマガエルの獣人、じゃまをするな!」
「そうだ。俺たちはコイツのせいで大きな損害を負ったんだぞ!」
大男の剣士と、神経質そうな魔法使いが、俺に向かって一斉に罵声を浴びせてくる。現実世界でも怒鳴られ慣れていない俺の心臓は、恐怖で破裂しそうだった。今すぐ逃げ出したい。だけど、クロエをパートナーにするにはここは引くわけにいかない。それに、愛おしいクロエをバカにしている様子を見過ごすわけにいかない。
「敗戦の、理由を……ッ! 1人に押し付けるな! 悪いのはこの少女だけじゃないはずだろ……!」
オルデンの世界では、王都アモーレを一歩外に出れば命の保証はない。ボス級の魔獣をパーティーで狩るのがこのゲームの醍醐味だ。王都内でハーレム作りにいそしんでいた俺は、戦闘のセオリーには詳しくない。だが、これだけは分かる。こいつらは重装備のクロエをおとりにして魔獣を仕留めようとし、自分たちの実力不足で失敗したのだ。その責任を、すべて彼女に擦り付けようとしている。それに、クロエは身を挺して自分を守ってくれるヒーローに恋焦がれている。
「黙れ! ガマガエルがッ!」
大男が、鼓膜の破裂しそうな怒号とともに、俺の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。一瞬で地面から足が浮く。
「は……離してくれ、頼む……っ!」
「ギャハハハハハ! おい見ろよ、このガマガエル、ちびってやがるぞ!」
人は、そう簡単に変われるものではない。勇気を振り絞ってクロエにカッコいい姿を見せて、冒険者に刃向かった結果がこれだ。大男の鋭い眼光に睨みつけられた瞬間、情けないことに、俺の下半身は温かい液体で濡れていた。
ズボンに広がる熱い感覚。恥ずかしさと恐怖で、俺の目からみっともなく涙が溢れ出す。こんなことになるなら、こいつらが去ってから声をかければよかった。ゲーム時代の愛くるしいクロエを思い出し、彼女が土下座する姿にカッとなってしまったのが間違いだった。身の丈に合っていない真似をしたのは、クロエではなく、この俺だったのだ。
「ガハハハ! 威勢がよかったのは最初だけか。おい、お前の汚い小便が俺たちのブーツを汚したんだ。その慰謝料を払ってもらうからな!」
地面に乱暴に投げ捨てられ、俺は尻餅をついた。情けない俺の姿を見下しながら大男が嘲笑し、仲間の2人も大声で下卑た笑い声をあげる。悔しさと羞恥で、俺はきつく目を閉じた。
だが、その直後。
「グハッ……!?」
「ぎゃああああああッ!?」
視界を真っ暗にしていた俺の耳に、大男と魔法使いの短い悲鳴が響いた。続いて……。
「や、やめてくれえええええええッ!」
弓使いの男の、悲痛な命乞いの声。直後、肉が骨ごと弾け飛ぶような鈍い打撃音がギルド前に木霊した。
「ガマちゃんが言ったことは、本当だったっす。……僕、こんなに強くなっていたっす!」
恐る恐る目を開けると、そこには、白目を剥いて地面に転がっている冒険者三人の姿があった。そしてその傍らには、下着代わりの黒いビキニ姿になったクロエが、拳を握りしめて立っていた。彼女は、俺の言葉に従ってあの重厚な鎧をすべて脱ぎ捨てたのだ。身軽になった彼女の神速の拳は、一瞬にして完膚なきまでに叩きのめしてしまった。
「…………」
俺は、クロエに声をかけることすらできなかった。ゲームでのカッコいい姿とは違い、ブサイクな姿なうえに恐怖でおしっこを漏らし、ズボンはびちゃびちゃだ。すぐにでも走り去りたかったが、腰が抜けて指一本動かせない。あまりにも格好悪さに、泣くのを通り越して、自嘲の笑いが込み上げてくる。
「ハハハ……ハハハハハ! 本当に、俺はどこまでも惨めな男だ……」
俺のスタートはいきなり躓いた。所詮、生身の俺にクロエをパートナーにするのは土台無理な話だったのだ。本当に情けない……。
「そんなことないっすよ! ガマちゃんは、すっごくカッコいいっす! ちょっと待っててくださいっす!」
クロエは黒ビキニ姿のまま、重厚な鎧と大剣を軽々と担ぎ、凄まじい速度でどこかへ走り去ってしまった。1人取り残されて悪臭を放つ俺は、案の定、通行人に通報され駆けつけた警備隊によって、再び南区警備署へと連行される羽目になった。
「……またお前か」
取調室で、半裸の状態でパイプ椅子に座らされた俺を見て、署長が深い不快感とともにため息をついた。
「公共の場での排尿は公然わいせつ罪に値する。分かっているのか?」
「……知りません」
オルデンにそんな細かい法律はなかった。だが、ここはもうリアルな異世界なのだ。
「公然わいせつ罪は、3カ月間の強制労働、もしくは50万円の罰金刑だ。好きな方を選べ」
この世界の軽犯罪は、警備署内でそのまま即決裁判が行われるらしい。どれだけ事情を説明しても、ガマガエル姿のホームレスの言い分など誰も聞き入れてはくれなかった。
その時、一人の若い警備兵が部屋に入ってきた。
「署長、ちょっとよろしいでしょうか。その罰金ですが、先ほど満額支払われました」
数分後。俺は警備署の外へと送り出された。
「ガマちゃん! 無事でよかったっす!」
出入り口の階段の下で、クロエが満面の笑みを浮かべて待っていた。彼女が罰金50万円を支払って、俺の身柄を受け取ってくれたのだ。だが、そんな大金をクロエが持っているはずがない。俺はその資金がどこから出たのか、彼女の姿を見て、一瞬ですべてを理解した。
クロエは、自らの心の拠り所だったはずの暗黒騎士の鎧と大剣を売り払い、その金で俺を救い、そして、新たな衣装をその身に纏っていた。
首元に揺れる、漆黒のスカーフ。しなやかな褐色の肌と、隠れ巨乳という抜群のプロポーションを際立たせる、袖なしの和中折衷ノースリーブ道着。激しい足技のたびに豊満に揺れる胸を締め上げる白いバンテージは、かえって抑え込まれた胸の膨らみを強調し、圧倒的なフェチズムを放っている。生肌を大胆に露出させた右腕とは対照的に、左腕には闇の力が宿るかのような漆黒のアームカバー。アシンメトリーな上半身から、下半身へと視線を移せば、激しい足技を繰り出すたびに褐色のしなやかな太ももが覗く、深いロングスリットスカート。そこからのぞく、黒のニーハイソックスと太ももの境界が織りなす極上の褐色絶対領域。
この戦闘装束こそ、彼女本来の敏捷性と破壊力を100%発揮させる、【闇夜を統べる黒き拳皇】の姿だった。
「ガマちゃん、無事で本当によかったっす!」
クロエの太陽のような屈託のない笑顔。それを見た瞬間、俺はこの恐ろしい世界に来て初めて、安堵の笑みを浮かべたのだった。




