英雄
俺は……俺は……俺はッ!見かけだけじゃなく、この腐り切った心を変えなければいけないんだ!……でも、嫌だ! 死にたくない! 死ぬのなんて絶対に嫌だッ!!
(なんで俺が死ななきゃいけないんだよ!? せっかくガマガエル顔から中の下の一般人になれたんだぞ!? これからもっと体を鍛えて、格好良くなって、成り上がっていくはずだったんだろ……ッ!?)
胸の中で、生への浅ましい執着が激しく渦巻く。全身から冷や汗が噴き出し、膝がガタガタと笑って止まらない。
「ルビー……俺、やっぱり……俺には、お前はふさわしくないんだ……」
俺は溢れ出す震声を押さえつけながら、クロエの身代わり契約の件、そして自分が彼女を見捨てて逃げ出そうとしていた一切合切を、ルビーに打ち明けた。
「私は……っ」
ルビーは困り果てた顔をし、必死に言葉を探していた。
「俺は……っ」
「俺は、クロエを助けたい」そう口にしようとした。だが、死が怖すぎて、喉がキュッと絞めつけられたように言葉が出てこない。だってそうだろ!? 死を覚悟して他人を助けるなんて、そんな聖人みたいな真似、誰でもできるわけがないじゃないか!
「……私は、ガマブンに死んでほしくないの……っ」
絞り出すように言ったルビーの言葉は、彼女にとっても苦渋の決断だった。俺に生きていてほしい。でも、俺が罪悪感に苛まれ、自分の醜さに殺されそうになっていることも分かっているのだ。そのルビーの苦しげな決断が、途切れかけていた俺の背中を最後に強く押し込んだ。
「俺は…………クロエを……助けたい」
吐き出しそうになる嘔吐感を抑え込み、俺は言葉を絞り出した。そうだ。ここでまた保身に走って逃げ出せば、俺は一生、惨めな卑怯者のままだ。死ぬのは恐ろしい。だが俺は、自分自身の言葉とは裏腹の最悪の決断を選んだ。
「ガマブン……っ」
ルビーは俺を止めなかった。ここで止めれば、俺をさらに地獄のような葛藤で苦しめることになると判断したのだろう。ルビーは大粒の涙を瞳に溜めながら、それを必死で堪え、俺に向かって誇らしげに……どこまでも切なく微笑んで見せた。
「……俺、行ってくるよ」
覚悟なんて、本当は一ミリだって決まってなんかいなかった。今すぐにでもこの場から全速力で逃げ出したい。死ぬのが怖くてたまらない。だけど俺は、この腐り切った自分を変えるために……死を選ぶ。そう、来世こそは、もっとまともで格好いい人間になれるように――。
「ガマブン……ッ!」
ルビーはただ、涙声で俺の名前を呼ぶことしかできなかった。俺は顔面を限界まで引きつらせ、精一杯の作り笑顔を浮かべて宿屋を出た。
(……これで、俺の人生は終わりだ)
だが不思議なことに、最後くらいは格好良く死ねると思うと、ほんの少しだけ自分が誇らしく思えた。そう思い込むことだけが、死の恐怖で狂いそうな俺に、ギリギリの勇気を与えてくれていたのだ。
そこからの記憶は、曖昧で断片的にしか残っていない。きっと、迫り来る死への絶望的な恐怖で、俺の精神は崩壊寸前だったのだろう。せめてルビーの前でだけは最後まで格好をつけることができたのが、唯一の救いだった。俺は意識を失い、錯乱状態のまま南区警備署へと赴き、「俺を死刑にしてくれ」と出頭した。
(……くくっ、俺だって……人生で初めて、誰かのためになる選択ができたんだ……)
こんな決断ができるヤツが、世の中にどれだけいるだろうか。全部自分が蒔いた種だ。自分が作った責任を自分の命で取るなんて当たり前のことかもしれない。だが、それを本当に実行できる人間がどれほどいるというのだ。死の直前、俺はどこか高尚な英雄にでもなったような気になって、密かに悦に入っていたのかもしれない。
この国において、死刑は極めて迅速に執行される。死を待つ時間の恐怖を少しでも和らげるための、法が与える唯一の配慮なのだという。
暗く冷たい処刑室。首にかけられる太い縄。俺の意識が完全に暗転するまで、時間はかからなかった。




