心の声
「ルビー……そんなに俺と離れたくないのか……?」
「うん……っ! 一緒にいたいの……っ!」
ルビーの潤んだ大きな瞳が、すがるように俺をまっすぐに見つめていた。
「俺は……」
言葉が詰まる。ルビーと一緒に過ごすこと自体は、あの害虫食さえ断れば何の問題もない。不気味な生き物を見るのは心地よいとは言えないが、我慢できないほどではないのだ。
……だが、目の前でボロボロと涙をこぼすルビーの姿を見ていると、どうしてもクロエの影が重なって見えてしまう。ルビーが俺を必要としてくれているように、かつてクロエも俺を必要としてくれた。信じてくれた。……なのに、俺はそんなクロエを見捨てて逃げ出したのだ。胸の奥から湧き上がるクロエの亡霊が、俺の心をじわじわと蝕んでいく。
「……俺は卑怯な男だ。お前がそこまで買いかぶるような男じゃないんだよ」
自分の身勝手さと浅ましさに、情けなくて吐き気がした。俺はいつからこんな腐った人間になったのだろうか。……いや、違う。昔から俺は臆病で、卑怯者だったのだ。30年間、現実世界でずっと一人ぼっちだったのは、気弱な性格やブサイクな顔のせいだけじゃない。俺の心そのものが醜かったからだ。だから友達も恋人もできず、孤独のまま生きてきたのだ。
ゲーム世界へ転移したことで、俺は己の醜悪さをこれでもかと突きつけられていた。
「そんなことないの……っ! ガマブンは、私のことを理解してくれたいい人なの……っ!」
「それは……ッ!」
違う。俺はゲームの知識を利用して彼女の懐に入り込んだだけだ。理解なんて大層なものじゃない。
「ガマブン……私のことが、嫌いなの……?」
「違うッ! 違うんだ、そうじゃないんだッ!! 俺はお前を利用しただけなんだよッ!!」
純真なルビーの問いかけに、これ以上嘘をつき通すことはできなかった。ここでまた都合のいい嘘を吐けば、俺は一生卑怯者のままだ。俺だって変わりたい。毒のデトックスで見た目がマシになったように、醜い心だって少しでもマシになりたいんだ!
「利用……? そんなことないの。ガマブンは私の良き理解者なの」
「違うッ……! 俺は……俺は……害虫食なんて、これっぽっちも好きじゃないんだッ!!」
「……」
「お前を利用するために……お前を引き止めるために、無理して害虫を食べていただけなんだよッ!!」
俺はついに真実をぶちまけた。これで終わる。ルビーは俺に幻滅し、去っていくだろう。だが、それでいい。自然消滅を狙うような卑怯な逃げ方をするより、俺のドス黒い本性を晒して嫌われた方がよっぽど誠実だ。
だが……ルビーは静かに首を振った。
「……そんなの、最初からわかっているの」
「……え?」
思いもよらない言葉に、俺は絶句した。上手く騙せていると高を括っていたのは、俺の不遜な勘違いに過ぎなかったのだ。ルビーは知っていたのだ。俺が嫌々害虫を口にしていたことを。……冷め切った頭で考えれば当然だった。全身をガタガタと震わせながら無理やり呑み込み、食べた直後に顔を蒼白にしてトイレへ駆け込む男の姿を見れば、無理をしていることなど誰の目から見ても明らかだった。俺はそんな単純なことすら気づかず、一人で気取っていたのだ。
「もう、無理しなくてもいいの……。だから……私と一緒に居てほしいの」
「……俺は、卑怯者だぞ。心の優しいお前に、ふさわしい男じゃない……!」
薄汚れた俺の心が、澄み切ったルビーの優しさに耐えきれず悲鳴を上げる。
「そんなことないのっ! 私が……ガマブンと一緒に居たいのっ!!」
ルビーは俺の腰に抱きつき、小さな身体でぎゅっと俺を強く抱きしめた。
「あ……ありがとう……っ」
こんな醜い俺を受け入れてくれたルビー。俺はその温もりに救われ、素直に彼女の気持ちを受け入れたかった。俺も、この愛おしい小さな背中に手を回し、強く抱き返そうとした……その時だった。
(お前だけ、幸せになるつもりか?)
ぞくり、と背筋に冷水が走り抜けた。耳元で、プラタの冷酷な声が聞こえたような気がしたのだ。頭の中で、その声は止まらない。
(クロエを見捨てて逃げ出し、それで本当に幸せになれるのか? それで自分の心が綺麗になれると思っているのか? ……お前は何も変わっていない。心は醜いまま逃げ続けているだけだ)
……違う。これはプラタの声じゃない。俺自身の罪悪感が作り出した、俺の心の声だ。その声は、あまりにも残酷で、逃れようのない正論だった。クロエを見捨てて保身に走っている時点で、俺の心はどこまでも醜く、醜悪な卑怯者のままなのだから……。




