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オルタナティブ・エデン~重課金で恋愛無双をしたゲームの世界に、現実の醜い姿で閉じ込められた中年おっさんの成り上がりファンタジー~  作者: ガマガエル


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最悪な男

 なぜ、こんな俺が去っていくことをルビーはこれほどまでに悲しむのか。俺は知っている。彼女が背負ってきた、あまりにも惨たらしく凄惨な過去を。天界において、天使族は『上級』『中級』『下級』という絶対的な階級制度に縛られている。

 天界の神に仕える上級天使、天界の行政を司る中級天使、そして人間界の神殿に派遣されてお布施と引き換えに治療を行う下級天使。ルビーの両親は、最も地位の低い下級天使だった。両親の期待を背負って神聖魔法学校に入学したルビーは、並外れた神聖魔法の才能を開花させ、常に学年首位の成績を収め続けた。


 だが、それが彼女の地獄の始まりだった。「下級ふぜいが調子に乗るな」「血筋の汚い出来損ないが」と上級天使の親を持つ同級生たちは激しい嫉妬を燃やし、ルビーへ陰湿かつ惨烈ないじめを開始したのだ。机に刻まれる罵詈雑言、教科書の焼却、すれ違い様の暴行や魔法による攻撃。いくら殴られ、蹴られ、肌を焼き切られようとも、ルビーの圧倒的な回復魔法は一瞬で傷口を塞ぎ、元通りの綺麗な肌に戻してしまう。身体に傷が残らないからこそ、いじめは歯止めを失い、どこまでもエスカレートしていった。


 身体の傷は治せても、ズタズタに引き裂かれる心の傷は神聖魔法では治せない。ルビーは孤独と恐怖に耐えかねながらも、ひたすら勉学に打ち込んだ。しかし、彼女が成果を出せば出すほど、加害天使たちの嫉妬と暴力は苛烈さを増していく。どんな暴言を吐かれても、暴力を振るわれても、ルビーは決して相手を責めなかった。胸の前で手を握りしめ、健気にニコニコと笑顔を作って「ごめんなさいなの……ごめんなさいなの……」と謝り続けたのだ。


 (……反抗したら、下級天使であるお父さんとお母さんに迷惑がかかっちゃうの……)


 幼いルビーはそう理解していたからこそ、すべての屈辱と理不尽をただ一人で受け入れていた。だが、どれほど殴っても笑顔で謝り続けるルビーの姿は、加害天使たちの歪んだ虐待心をさらに逆撫でした。そしてついに、一線を超えた執拗ないじめが始まる。

 誰もが不快感で顔を背ける、グロテスクで毒々しい害虫。加害者たちはルビーを床に押しつけ、髪を掴んで無理やり口を開けさせると、蠢く生きた害虫をその口の中へ強引にねじ込んだのだ。粘着質の体液と腐臭が口いっぱいに広がる。喉を掻きむしる害虫の爪。あまりの屈辱と不快感に涙を流したルビーだったが、ふと、口の中で必死に蠢く不気味な虫と自分自身を重ね合わせた。


 (……誰から嫌われて、不気味だって蔑まれて、踏みつけられて……。この子も……私と同じなの……)


 そう思った瞬間、どこからも愛されない害虫が、世界で唯一の同類としてたまらなく愛おしく思えたのだ。害虫を飲み込み、毒で胃が焼き切れるような拒絶反応と嘔吐感に襲われたとき、ルビーの壊れかけた心は「これが美味しいということなの」と恐怖を快楽へ上書きしてしまった。


 この害虫食がルビーの破滅に拍車をかける。いじめっ子たちが嘲笑いながら害虫を突きつけると、心からの純粋な笑顔を咲かせて「ありがとうなの♪」と喜んで害虫を貪り喰うようになったのだ。噛み砕いた体液を口元から垂らし、喉を鳴らして害虫をむしゃむしゃと食べるルビーの姿、その狂気的な光景に、加害天使たちは一転して底知れぬ恐怖を抱いた。


 「こいつは悪魔だ! 害虫を喰らう異端者だッ!」


 自分たちのいじめを棚上げし、恐怖に狂った同級生たちは教師へルビーを告発した。ルビーは何も言い返さなかった。自分が弁明すれば両親に害が及ぶと考え、黙ってすべての罪を着せられたのだ。


 結果、ルビーは悪魔の使いとして天界からの永久追放を言い渡された。背中の純白で美しい翼はむしり取られるように小さく黒い異形の羽へと変貌し、神聖な天使の輪は頭上から無惨に剥奪された。堕天使へと堕とされたルビーは、二度と天界へ戻ることも、愛する両親と会うことも許されなくなったのだ。こうして天涯孤独となったルビーは、人間界の片隅で、誰とも交わらずに毒草や害虫だけを口にして生きる孤独な日常へと追いやられた。


 誰からも必要とされず、誰からも理解されず、狂人として避けられ続けたルビー。そんな暗闇の底にいた彼女の前に現れたのが俺だったのだ。ガマガエルのような醜い容姿を晒しながらも、彼女が差し出す害虫を死に物狂いで呑み込み、「うまい」と引きつった笑顔を見せてくれた男。ルビーの狂気的な害虫食を否定せず、一緒に笑い合ってくれた世界でたった一人の存在。壊れてしまったルビーの孤独な世界に、初めて差し込んだ温かな太陽……それが俺だったのだ。


 (……ルビーにとって俺は、ただのパーティーメンバーじゃない。暗闇の中でようやく手に入れた……唯一無二の居場所だったんだ……!)


 俺はゲームで得た知識を利用して、彼女の懐に潜り込み、取り入ったのだ。ルビーが思うような良い人間ではない。もし、ゲームなら俺は何の罪悪感も抱かなかっただろう。効率的な攻略手順の一つとして、割り切って処理していたはずだ。


 だが、ここはもうゲームの世界ではないのだ。設定として提示されていたあの悲惨な物語は、ルビーという一人の少女が実際に傷つき、血を流し、絶望の底で耐え抜いてきた現実の実体験なのだ。


 (……俺は……俺は何をやっているんだ……ッ!?)


 激しい罪悪感が、胸の奥を抉るように押し寄せてきた。


 クロエの時もそうだ。助け出すためのリスクから逃げるために「彼女が自分で選んだことだから」と自分に都合のいい言い訳を貼り付け、見捨てた。そして今また、利用するだけ利用して平然と投げ捨てようとしている。いつから俺は、こんな冷血で惨い真似を平気でできる人間になってしまったんだ?


 どこかでずっと、「ここは元ゲームの世界だから」「相手はNPCの設定を引き継いだだけの存在だから」と高を括り、生身の人間として向き合うことから逃げていたのだ。彼女たちの心や人生を、粗末に扱っていたのは他ならぬ俺自身だった。


 (俺は……最低で、最悪な人間だ……ッ!!)


 俺は容姿だけでなく心も醜かった。そんな自分がたまらなく惨めで、吐き気がするほど醜く思えた。


 ボロボロと大粒の涙をこぼし、震える手で俺の服の裾を離さないルビー。彼女が差し出す本物の涙と熱量、そして激しい自己悪感の渦の中で、俺はただ言葉を失ったまま立ち尽くしていた。

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