変化
「わ……わかった。一緒にパーティーを組もう」
1000人のハーレムを作り上げたゲーム知識も、結局はイケメンという最強の素体があってこそ機能していたのだと痛感した俺には、ガマガエル顔の自分を受け入れてくれたルビーの差し伸べる手を拒絶する選択肢など存在しなかった。美人は3日で飽きるが、ブスは3日で慣れる。そんな諺があるくらいだ。毎日のゲテモノ食だって、きっと3日も経てば慣れるはずだ……。そう自分に言い聞かせ、俺は地獄への契約に頷いたのだった。
「うれしいのーっ♪ はじめての仲間さんなのっ♪」
ウサギのようにピョンピョンと跳ねて大喜びするルビー。俺は顔面を限界まで引きつらせ、ぎこちない作り笑顔を浮かべるのが精一杯だった。ゲテモノを心ゆくまで堪能し、待望の仲間(理解者)を得たルビーはすこぶる上機嫌だった。【ペットショップ・アルカンシエル】を出ると、彼女は天使のような可憐な笑顔を咲かせながら、俺に向かってゲテモノ食の素晴らしさを熱弁してくる。
まずは、あの頭が3つあるゴキブリの美しさについてだ。全長5センチほどの体躯のほとんどが不気味な頭部で占められ、そこから8本の脚と頭皮状の皮膚から羽が生えているどす黒い茶色の昆虫。誰が見ても一瞬で悲鳴を上げる悪夢のような造形だが、ルビーにとっては「このフォルムがたまらなく愛くるしい」らしい。さらに食感についても、噛んだ瞬間に肉汁ならぬ汚毒汁がコリコリと弾け、微量の痺れ毒が舌を心地よく刺激するのだという。噛み砕いたゴキブリの破片がまだピクピクと蠢きながら喉を通り、粘膜をザラリと引っ掻いていく感触すらも、彼女にとっては至高の快感なのだ。そして胃に落ちた後、胃液で溶けた残骸が強烈な腐敗毒を発散し、激しい腹痛と下痢を引き起こす。……そう、俺が口からも肛門からも体内のものを噴出させた原因はこれだったのだ。ルビーは神聖魔法【不磨の聖域】の即死回避と超回復のおかげで一瞬の苦痛だけで済むため、その一瞬の激痛こそが至高の快楽となっていた。
「そ……そうだな。でも、俺には少し刺激が強いが、言いたいことはよく分かるよ」
俺は冷や汗をダラダラと流しながら、必死に相槌を打った。ゲーム時代に彼女への知識があったからこそ、何とか平静を装って話を合わせることができたのだ。もしこれが初耳だったら、俺はルビーの狂気に恐怖してその場で脱糞して逃げ出していただろう。俺は彼女の機嫌を損ねないよう、心からゲテモノ食の魅力に共感している良き理解者を演じ続けたのだった。
それからの、俺とルビーの共同生活について説明しよう。
ルビーは定期的に楽園の森で薬草を採取して売り払っていたため、意外にもまとまった金を持っていた。おかげで俺は冒険者ギルドではなく、水回りや風呂が完備された綺麗な宿に泊まることができたのだ。クロエと居た時よりも数段上の暮らしができるようになった。危惧していた食事に関しても、ルビーが1日3食すべてで劇物を食べているわけではなかった。ゲーム時代とは違い、現実となったこの世界では、毒草など無限にリスポーンするわけではない。だから、毎日通うことが出来ないのだ。しかも、王都自然公園の楽園の森に生える数ある毒草の中でも、ルビーの大好物は偽薬草だ。ルビーなりに美食家としてのこだわりがあり、あらゆる毒草を吟味した結果、偽薬草が一番美味しいのだという。金策としての薬草採集も兼ねているため、楽園の森へ向かうのは週に2回が限界で、その時には、俺にも分け前がもらえた。
これだけ聞けば、俺は快適な生活を送っているように思えるが……、現実は甘くなかった。俺には、1日1回、逃れることのできない地獄の食事時間が待っていたのだ。
(うぐっ……ぐぁあぁぁぁっ……胃が……胃が灼けて千切れそうだ……ッ!!)
毎日の朝食の時間になると、俺は【ペットショップ・アルカンシエル】の裏小屋へ連行され、ルビーから笑顔で差し出される本日のゲテモノを口に放り込まねばならなかった。「3日も経てば慣れる」という甘い期待は、初日で粉々に打ち砕かれた。当たり前だ。毎日同じ害虫を食べるわけではないのだから!
ルビーが連日上客として通い詰めるため、店の老婆も調子に乗って品揃えを極限まで強化していったのだ。脚が20本生えて粘着質の体液を撒き散らすオオバッタ。胴体の中央に巨大な赤黒い単眼が1つついて蠢くミミズ。30本の手が生えたカエル。日替わりで目の前に突きつけられる、狂気の珍種害虫たち。噛み砕いた瞬間に口いっぱいに広がる、腐肉と腐敗したドブを混ぜ合わせたような強烈な悪臭。喉を通る時に爪や甲殻が粘膜をバリバリと削り落としていく激痛。そして胃袋に落ちた直後、全身の毛穴から嫌な汗が噴き出し、腹の中でマグマが煮え滾るような絶望的な灼熱感(毒性反応)が俺を襲う。
(が……はっ……げほっ……う、うぁぁぁぁっ……!!)
宿へ戻るなり、俺はトイレの個室へ転がり込み、便器にしがみついて血吐くような勢いで上からも下からも全てを吐き出し続けた。目の前が真っ暗になり、体中の水分が抜け落ち、喉からはヒューヒューと枯れた悲鳴漏れる。毎朝、全身を襲う激しい痙攣と吐き気の中で、俺は涙と鼻水と胃液に塗れながら死の恐怖にのたうち回った。
……そんな命がけの毒排出を3週間も続けた、ある日のことだった。
(……あれ……? 俺の体……どうなってるんだ……?)
毎朝すべてを吐き出し尽くしていたせいで、肥満体型だった俺の体重は劇的に激減していた。それだけではない。手鏡を覗き込むと、かつて顔中に広がっていた不潔な吹き出物や、ガマガエルのように荒れ果てていた皮膚のブツブツが、嘘のように綺麗さっぱり消え去っていたのだ。
毒と薬は表裏一体という言葉がある。毎日、致死量ギリギリの毒物を摂取し、それを命がけで体内から全排出するプロセスを繰り返した結果、俺の体内に溜まっていた長年の悪玉老廃物が完全に削ぎ落とされ、細胞レベルで生まれ変わってしまったのだ……!
だからと言って、ゲーム時代のような誰もが振り返るイケメンに変身できたわけではない。たるんでいた体型がスリムに引き締まり、顔の輪郭がシャープになって肌の汚さが消えた程度だ。例えるなら、容姿のランクが【最底辺】から【中の下】へと、少し繰り上がっただけに過ぎない。
……だが、それでも俺は嬉しくてたまらなかった!あのガマガエルの化け物から、どこにでもいる普通の人間(一般人)の容姿へと変貌したのだ! 鏡に映る自分の顔を見るたび、胸の奥からこみ上げてくる歓喜を抑えきれなかった。
「んー……ガマブン、だいぶ変わっちゃったの。私、昔みたいなブツブツのガマガエルさんの方が好きだったの……」
ルビーは頬を膨らませ、寂しそうに溜息をついた。彼女的には、以前の害虫そっくりの容姿の方が珍獣として愛着があったらしい。
「そうか? 俺は今の見た目に大満足しているぞ!」
俺は笑顔で答えた。間違いなく人生で一番マシな見た目になっている。毎日、喉を掻きむしる害虫を呑み込み、上から下から血を吐くようなデトックス地獄に耐えた甲斐があったというものだ。これは禍を転じて福と為すといえるだろう。おもわぬ成果を得た俺は有頂天になっていた。




