美味しいお店
「……誰か居るの?」
ルビーに気づかれてしまった。
(ヤバい、終わった……ッ!)
俺の額から、嫌な汗が滝のようにじとりと流れ落ちる。ルビーは手にした偽薬草を一気に口の中へ放り込むと、「グゲッ」と可愛らしくない下品なゲップを1つ吐いた。そして大きな黒い瞳を見開くと、ギロリとこちらを睨みつけてくる。
「……ちょっと、お食事は中断するの」
ゲーム内では小動物のように愛くるしい顔立ちだったルビー。だが、今目の前にいるルビーは能面のように一切の感情を失い、焦点の合わない異常な目つきで俺をじっと見つめていた。食事を邪魔されたのだ。絶対にブチギレている。俺の身体は恐怖のあまり金縛りに遭ったように固まり、指一本動かすことができない。魂が抜け落ち、本能が死を悟っていた。
「うげぇぇぇーーーっ! めっちゃ気持ち悪いのぉっ!!」
突如、能面のような顔がくしゃりと崩れ去った。激怒したに違いない!ルビーは全速力で、俺に向かって猛ダッシュで突っ込んでくる。彼女自身に高い格闘能力はない。だが、彼女のポケットや服の隙間には、おやつ代わりの害虫が蠢いているのだ。一般人を即死させる強力な毒を持つサソリやタランチュラ。それらを1匹でも放たれれば、今の俺など一瞬で絶命する!
「キモ可愛いーーーーのっ♪♪」
「えっ……!?」
俺の目と鼻の先で、ルビーは急停止した。そして目をキラキラと爛爛に輝かせ、両手を叩いて大喜びしている。
(……そ、そうだ……ッ!)
ルビーはヘビやムカデといった醜い害虫を可愛いと愛でて口にする狂気のを持っていた。醜悪なガマガエル顔と肥え太った体型の俺は、彼女にとって害虫と同じカテゴリーの愛くるしい生き物として認識されたのだ!
「あの~、あなたはガマガエルの親分さんですの?」
「ち、違うっ……! お、俺は人間だッ!」
ここで「そうだ、俺はガマガエルの親分だ」と話を合わせた方が上手く立ち回れるのかもしれない。だが、俺にはそんな器用で柔軟な演技ができるほどの度胸も演技力も持ち合わせていなかった。
「ほえ~~っ! 人間さんなの!? びっくりなの!」
「そ、そうだ! 俺は人間だ……! お、俺になんの用だ……!?」
「キモ可愛いの……ねぇ、人間さんって……美味しいのかなぁ?」
ルビーは目を怪しく光らせ、ガバッと大きく口を開けると、ジュルリと大量のよだれを垂らし始めた。ゲーム時代に人間を食べるようなイベントは存在しなかった。だが、ここは現実だ。目の前で喉を鳴らすルビーは、今にも俺に飛びかかって噛みつきそうな勢いである。
(ヒィィィッ!? マジで食われる……ッ!?)
「お、俺なんて食べたって美味しくないぞッ! やめとけッ!」
「脂ぎったお顔、ふくよかなお腹、脂身がたっぷり乗った太もも……ぜんぶ、すっごく美味しそうなのぉ♪」
ルビーのよだれは止まるどころか、もはや噴水のようにダラダラと溢れ出てくる。
「お、俺は野菜が大嫌いで、お菓子やカップ麺ばかり食べてるドロドロの身体だから美味しくないんだってッ!」
健康的な食事をしている肉の方が美味いとは限らないが、少しでも食欲を減退させようと俺は必死に説得を試みる。しかし、ルビーの猛烈な食欲が収まる気配は一向にない。
「そ、そうだッ!! 俺なんかより、何倍も美味い店を知ってるぞッ!!」
とっさに叫んだ。王都の一般的なグルメ店など、ルビーの口に合うはずがない。王都の住民が絶賛する高級料理など、彼女にとっては刺激の足りない退屈なゴミでしかないからだ。……だが、俺は知っている。ゲーム知識を持つ俺だけは、ルビーが狂喜乱舞する最高の店の存在を熟知しているのだ!
「……ホントなの?」
ルビーの視線が俺の肉体から外れ、ダラダラと垂れていたよだれがぴたりと止まった。
「本当だッ! 俺を信じてくれッ!」
ルビーは首をこてんと傾げ、少しの間考え込むような仕草を見せた。
「……ちょっと気になるの」
「そうか! なら今から案内してやる! ついてきてくれ!」
俺への食欲が薄れた今が千載一遇のチャンスだ。気が変わって「やっぱりガマガエル肉を食べるの」と言い出す前に、あの店へ連れて行かなければ俺が胃袋に収まることになってしまう!
「ついて行くの♪ ……あ、でも、その薬草は私が取ったやつなの」
「あ……」
ルビーの鋭い視線が、俺の抱えていた薬草の束に向けられた。彼女もまた、金策のために薬草を採取していたのだ。俺は大人しく、拾い集めた薬草の束をルビーへと手渡した。ルビーの目を盗んで薬草を入手する計画は無残に終わった。俺は落胆した表情を隠しルビーを引き連れて、楽園の森を脱出。王都の裏通りにひっそりと佇む、とある店へと向かうのだった。




