作戦成功
1人で楽園の森に踏み込むのは正気の沙汰ではない。だが、俺が目指すあの子と確実に遭遇するためには、この楽園の森へ入るしかなかった。ゲーム時代、彼女と出会ったのは王都自然公園の入口だった。だが、入口で張り付いて待ち伏せしていても遭遇できる確率は極めて低い。なぜなら彼女は入り口を使わずとも出入りする方法をもっているからだ。
俺の頭には、楽園の森……別名、死の迷宮の完全な安全ルートが叩き込まれている。それは、あの子とデートするときは楽園の森と決まっていた。俺はあの子とデートを重ねたことで、楽園の森を熟知している。
服の上から触れただけで即死する劇毒草。衣服越しでも神経を麻痺させる痺れ草。触れずとも、舞い散る花粉が肌に付着しただけで肉体が腐食していく腐死草。楽園の森に生息するあらゆる毒草の種類、生態、そして安全な踏破ルートを俺は全て熟知している。初見の者が足を踏み入れれば、ダンジョン攻略以上の難易度で命を落とす死の迷宮。だが、ゲーム知識を持つ俺にとっては庭も同然だった。
毒草が生い茂る危険地帯を、俺は慎重かつ完璧な足取りで進んでいく。散策すること約30分。ついに目当ての場所に辿り着いた。そこは木々が一切生えていない、開けた薬草の草原だ。だが、一面に広がる緑のうち、9割は本物と見分けがつかない偽薬草であり、残りの1割だけが本物の薬草なのだ。偽薬草は触れるだけなら害はない。恐ろしいのは引き抜いた瞬間だ。もし偽薬草を抜いてしまえば、根元から強烈な致死性の毒胞子が噴射され、皮膚が爛れて命を落とすこともある。
俺が忍び足で草原を近づくとあの子の姿が見えた。あの子は楽しそうに薬草を引っこ抜いている最中だった。
あちこちに跳ね散らかしたボサボサの赤髪ショートヘア。鼻の頭から頬にかけて散らばる可愛らしいソバカスに、吸い込まれそうなほど大きな黒い瞳。小動物のような愛嬌のある顔立ち。身長150cmほどの小柄で細身な体型で、胸元は完全に平坦。かつては純白だったはずのゴシック調シスタードレスを身に纏っているが、全身に毒を浴びて、黒紫色に染まっていた。足元は重厚な厚底の黒ブーツ。
この子こそが、俺の1000人のハーレムの1人であるルビーだ。
「……んーっ♪ これは……当たりなの♪」
ルビーは豪快に偽薬草を引っこ抜いた。直後、プシューッと黒紫色の毒胞子が噴射され、彼女の全身を包み込む。ルビーは全身を激しく痙攣させながらも、ニコニコと幸せそうに笑っていた。そして、毒の溢れ出る偽薬草をそのまま口へ運び、血を吐きながらガリガリと噛み砕いていく。
「ピリピリして……とっても美味しいのぉ……♪」
ルビーは美食家ならぬ汚食家だ。人が絶対に口にしない毒草や害虫、激痛が走るほどの苦味や不味さを求めて食べる狂気の舌を持っているのだ。誤解してはならないが、彼女に毒耐性があるわけではない。内臓は毒でズタズタに侵され、普通なら即死しているレベルのダメージを受けている。それでも彼女が死なない理由――それこそが、彼女の持つ固有スキル【不磨の聖域】のおかげだった。超再生と即死回避を誇る最高峰の神聖魔法。本来は天使族にしか扱えない奇跡の力だ。そう、ルビーはゲテモノと刺激を求めて天使界から追放された堕天使なのである。
「これはちがうの……ポイなの」
ルビーは抜いた本物の薬草をつまらないと言わんばかりに投げて捨てる。
「これは……あたりの激辛なのっ♪」
そして再び偽薬草を引き抜き、毒を浴びてゴボッと血を吐きながら、嬉々として貪り食っていた。毒による死の苦痛と刺激、それこそがルビーにとっての至高の快感なのだ。
(よし……作戦通りだ……!)
偽薬草は、抜かなければ毒を噴射しない。俺はルビーに見つからないよう、息を殺して薬草の草原へ忍び込んだ。そしてルビーがハズレと言って放り投げた本物の薬草を、コッソリと拾い集めていく。ルビーは食事を邪魔されることを極端に嫌う。ましてや今の俺は、気味の悪いガマガエル顔の醜悪な男だ。刺激を与えて襲われでもしたら一たまりもない。俺は気配を完全に消し、慎重に薬草だけを回収していった。
(ふふ……これだけ集まれば十分だぞ……!)
短時間で、なんと本物の薬草を10束も拾うことができた!本物の薬草は1束1万円で買い取ってもらえる。つまり、一気に10万円の収入確定だ!あまりのホクホク感に、俺のガマガエル顔は思わずニヤけてしまう。
(ルビーに見つかる前に、さっさとズラかろう……!)
俺は拾った薬草を抱え、静かに草原を抜け出そうとした。その、瞬間だった。
「あ……っ!?」
草原の草陰に隠れていた地面の窪みに、俺の足が見事にはまり込んだ。体勢を崩した俺は、豪快に勢い余って前へ倒れ込み、盛大にズドーンッと地面へ転倒してしまったのだった!




