楽園の森
取調官は最後まで何も話してはくれなかった。なぜ俺が、1円も支払わずに釈放されたのか。だが、考えられる可能性はたった1つしかなかった。……前回と同じく、クロエが俺のために手を打ってくれたのだ。しかし、クロエに5000万円という途方もない大金を一朝一夕で用意できるはずがない。嫌な予感を胸に抱きながら、俺は一刻も早く真相を確かめるため、走って冒険者ギルドへと向かった。
だが、ギルド内のどこを探してもクロエの姿は見当たらなかった。普段の俺なら女性に声をかける勇気など微塵もない。だが、クロエがいなくなってしまえば、俺はこの過酷な世界で一日たりとも生きてはいけないのだ。俺は振り絞るようにして、受付嬢に声をかけた。
「お……俺のパーティーの……クロエを見かけなかったか……っ!?」
たどたどしい口調と、涙と汗でドロドロになったガマガエル顔。受付嬢は隠そうともせず露骨な嫌悪感を表情に浮かべ、俺から視線を逸らしながらぶっきらぼうに吐き捨てた。
「業務以外の質問にはお答えできません。ご用がないのでしたら、すぐに出て行っていただけますか?」
冷たくあしらわれ、受付から追い出されたその時……俺の視界に、信じがたい光景が飛び込んできた。ギルドの扉から歩いてきたのは……あのイケメン戦士と、クロエだった。
「クロエ……ッ!?」
俺はすがりつくように叫んだ。しかし、クロエは俺の声に一切反応を示さず、視線すら向けてくれない。まるでそこに誰も存在しないかのように、虚ろな目で前を見つめている。
「おい、貴様。俺の所有物に気安く声をかけるな」
イケメン戦士が俺を鋭く睨みつけた。いつもなら恐怖で縮みあがるところだが、今日ばかりは引くわけにはいかない。
「クロエは俺のパーティーの一員だっ! そうだろ、クロエッ!?」
必死で叫ぶ俺に対し、イケメン戦士は底意地の悪い冷笑を浮かべると、力任せに俺の胸を突き飛ばした。
「邪魔だッ!」
「ぐはっ……!?」
床へ無ざまに叩きつけられ、痛みに喘ぐ俺を見下ろしながら、イケメン戦士は親しげにクロエの手を握りしめた。さらに俺に見せつけるかのように、彼女の細い腰へと強引に手を回す。普段のクロエなら即座に殴り飛ばすような行為に対し、彼女は抵抗一つせず、ただ人形のように佇んでいた。
「クロエ、今日はどの獲物を討伐しに行こうか?」
「……ご主人様の判断にお任せするっす」
感情の籠もっていない、氷のように冷たい声。
「そうか。なら俺が決めてやるよ」
イケメン戦士はクロエをまるで己の所有物……あるいは愛人のように扱いながら、討伐クエストを受諾した。
「クロエ……どうして……っ!?」
目の前の現実を受け止めることができない。なぜクロエは俺を無視し、あの男の傍にいるのか……。いや、頭を冷やせばすぐに分かることだった。俺を嵌めたサクラと、あのイケメン戦士はハナからグルだったのだ。サクラの目的は金、そしてイケメン戦士の目的はクロエ。5000万円という理不尽な示談金。それを支払う代わりに、クロエは自分自身を差し出し、あの男のパーティーへと強引に組み込まれたのだ。……全て、俺の浅ましいスケベ心のせいだ。俺の無能さのせいで、クロエは奴の玩具にされてしまったのだ。
「ハハハハ! いい気味だぜ!」
「あのガマガエル野郎が、あんないい女を連れてるのが気に食わなかったんだよ!」
後ろ盾であったクロエがいなくなった瞬間、周りの冒険者たちから容赦のない嘲笑と悪口が浴びせられる。俺は惨めさに押し潰されそうになりながら、逃げるようにギルドを飛び出した。
俺のせいでクロエは奪われた。だが、クロエのおかげで俺の命は繋がれた。怒りや悔しさはあったが、今の無力な俺に彼女を救い出す術など何1つ存在しない。助けに行く勇気も、力も、金もないのだ。
(……救出は無理だ。それよりも、俺はまず今日の飯代を稼がなきゃ……ッ)
罪悪感を振り払うように自分に言い聞かせる。俺には1000人のハーレムを作った知識がある。俺は予定を変更し、昨日向かうはずだった王都自然公園へと1人で向かうことにした。
昨日、歩いて向かった時は、膝を痛めて倒れた挙句、セレスティナのスキル【令嬢の気まぐれ賽】で絶望の森へ飛ばされた。同じ過ちは繰り返さない。俺は裏道を通り、適度な休憩を挟みながら、4時間かけて慎重に王都自然公園へと辿り着いた。
王都自然公園。そこは恋人たちが集う王都有数のデートスポットだ。1000人のハーレムを作った俺にとって、ここは知り尽くした庭のようなものだ。七色に輝く美しい湖、四季折々の花が咲き乱れる植物園、スリル満点な大型遊具。恋人を喜ばせるスポットならいくらでも言える。
だが、今回俺が目指すのは、そんな華やかな場所ではない。一般人は進入禁止とされている公園の最奥にある楽園の森だ。その森には様々な植物が生息しているが、その9割以上が触れるだけで死に至るような強烈な毒草である。そしてその毒草群の中に紛れて、貴重な薬草が生育しているのだ。
一般人が足を踏み入れれば、毒に侵されて即座に命を落とす。そう、この森もあの絶望の森と同じなのだ。立ち入った人間や動物、魔獣を毒殺し、その死骸を栄養素として成長する死の楽園。
俺は生唾を飲み込みながら、薄暗い楽園の森の入口へと一歩を踏み出したのだった。




