千載一遇のチャンス
目を覚ますと、俺は布団の中にいた。どうやら俺は、惨めな現実から逃避するように12時間以上も眠りこけていたらしい。隣ではクロエがすやすやと眠っている。冒険者ギルドのフロアは既に明かりが落とされ、薄暗い静寂に包まれている。壁際では数名の貧乏な冒険者たちが、丸くなって雑魚寝を決めていた。
(……俺は、こんな時間まで寝ていたのか……)
ギルドの隅で倒れ込むように眠ったのは昼過ぎだったはずだ。それが今はもう、夜深くなっている。サイクロプスの恐怖とB級魔法の激痛で精神が摩耗しきっていたのか。それとも、ただ醜い自分と向き合うのが嫌で眠りに逃げ込んでいたのか。……きっと、その両方なのだと思う。
元の世界での俺は、ゲームと仕事を往復するだけの無機質で孤独なぼっち生活を送っていた。だが、このゲームの世界に閉じ込められてからの濃密で過酷な2日間はどうだ。常に生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている。
(……本当は、全部夢なんじゃないのか? 目を覚ませば自分の部屋のベッドの上なんじゃないのか……?)
いくら願っても、冷たい床の感触と薄暗いギルドの天井は消えてくれない。長い夢であってくれれば、どんなに良かったことか。
「……熟睡しすぎて、すっかり目が冴えちゃったな。少し夜風でも浴びるか……」
身体を起こし、そっと布団を抜け出す。ゲーム時代、俺は1000人の美女たちと、夜の王都で何度もデートを繰り返していた。どの店が女性を喜ばせられるか、どこへ行けばロマンチックな夜景が見られるか、王都の夜のマップは俺の庭のようなものだったのだ。……もっとも、今のガマガエル顔の俺には何の意味もない無駄知識だが。
あてもなく、ただ冷たい夜風に当たって頭を冷やそうとギルドの外へ歩き出す。その背中に向けられていたクロエの小さな視線に、俺は気づくことができなかった。クロエは眠ったふりをしながら、不安そうに身をすくませていたのだ。本当は、もっと自分を頼ってほしかったクロエ。だが、卑屈な塊と化した俺には彼女の繊細な優しさを正しく受け止めることができなかった。
(俺みたいなブサメンを気に留めてくれるはずがない。俺の本性を知れば、きっとクロエだって呆れ果てて離れていくんだ……。あいつの優しさはただの気まぐれ。信じちゃダメだ……ッ)
卑屈な心が、脳内で固く警鐘を鳴らし続けていた。
「あら? ガマガエルのお・に・い・さん。もしかして、私を探しに来てくれたのかしら?」
夜の王都をあてもなくフラフラと彷徨っていると、背後から聞き覚えのある甘い声が聞こえた。振り向くと、そこにはピンク色の髪を揺らすサクラの姿があった。
そうだった! サクラとは約束をしていたのだ!彼女の借金を肩代わりする代わりに、彼女の身体を好きにしてもいいという、あの破廉恥極まりない約束を!普通なら絶対に忘れるはずのない夢のような約束。だが、今日の怒涛の地獄めぐり(サイクロプスとB級魔法)のせいで、俺の脳内からすっかり欠落していたのだ。
(……童貞を捨てる、人生最大の千載一遇のチャンス到来……ッ!?)
単純な俺の脳みそは、一瞬で絶望から有頂天へと跳ね上がった。
「サ……サクラッ! 約束は、ちゃんと守ってもらうからなッ!」
俺は目の前に立つサクラの豊満なボディを、舐め回すように視線でなぞった。ダボッとしたオーバーサイズの白シャツの胸元は大きくはだけ、魅惑的な大渓谷の谷間が覗いている。シャツの裾から伸びるむっちりとした健康的な太ももと、少し屈めば今にも見えそうな白いビキニパンツ。改めて間近で見ると、抑えきれない興奮で心臓がバクバクと鳴り響いた。
ゲーム時代は、どんなアングルから覗き込んでも大事な部分は見えない仕様だった。服を強引に脱がせることもできず、触れても弾力のない無機質なマネキンに過ぎなかった。だが、ここは現実なのだ!今の俺なら、サクラの柔らかく暖かな身体を心ゆくまで堪能できるはずだ。100万円も支払ったのだから、俺の長年の欲望を存分に満たさせてもらってもバチは当たらないはずだ!
「ふふ、そうね……。でも、こんな街中でするのは嫌よ?」
サクラは頬をぽっとピンク色に染め、恥ずかしそうに身を縮こまらせた。その妖艶な仕草が、俺の邪悪なスケベ心にさらなる火をつける。だが、今の俺にはホテルに入るような金銭的余裕はない。
「う、裏路地で……いいだろッ!?」
このチャンスを逃すわけにはいかないのだ。明日生きていられる保証すらない絶望の世界。死ぬ前に童貞を捨てておきたいし、何より裏路地で行為というシチュエーションにも男として猛烈に惹かれるものがあった。
「そんな……恥ずかしいわ……。でも……お兄さんがそこまで言うなら……」
さらに上目遣いで恥じらうサクラ。だが、その瞳にはまんざらでもない色が見え隠れしている。天真爛漫な彼女は、きっと性に対してもオープンで大胆なのだろう!俺は王都のマップを完全に把握している。人通りの全くない、都合の良い裏路地の場所も熟知していた。
「さあ、こっちだ……!」
俺はサクラの手を握ろうと手を伸ばした。
「やだ、焦っちゃダメよ。ここではまだ触らないで」
サクラはひらりと舞うように俺の手をかわし、惑わすような妖しい瞳で俺をじっと見つめてきた。その視線に背筋をゾクゾクとした快感と興奮が駆け抜ける。
「あ、ああ……そうだな! 俺がとっておきの場所を知っている! ついて来てくれ!」
「わかったわ。……今夜は存分に、私を楽しんでね?」
これから訪れる夢のような至福の時間を想像し、俺の息子はこれ以上ないほどビンビンに狂い咲いていたのだった。




