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オルタナティブ・エデン~重課金で恋愛無双をしたゲームの世界に、現実の醜い姿で閉じ込められた中年おっさんの成り上がりファンタジー~  作者: ガマガエル


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死神

 セレスティナ・フォン・ローゼンバーグ。

 彼女は、俺が所有した1000人ハーレムのヒロインではない。神出鬼没に現れてはプレイヤーを無慈悲にランダム転移させる、極めて厄介なお邪魔キャラクターだ。ゲームでは、一部の熟練プレイヤーがあえて彼女に身を晒し、高難易度エリアへの一攫千金を狙うギャンブルとして楽しんでいた。だが……ゲームの世界が現実となった今、彼女の存在はお邪魔キャラなどという生易しいものではない。遭遇した者を即座に地獄へと突き落とす、まさに死神そのものだったのだ。


 グラリと激しい目眩が収まった瞬間、俺の目と鼻の先に存在していたのは巨大級魔獣サイクロプスだった。


 体長10メートルを超える人型の異形。岩石のように硬質な皮膚と、丸太のように太い筋肉の巨躯。並の剣撃や物理攻撃など爪研ぎにもならない。額の中央には見開かれた巨大な赤い単眼が鎮座し、その眼光と直接目が合えば特殊能力【邪眼の威圧】によって5秒間完全に全身が麻痺してしまう。そして手に握られているのは、一振りが地響きを巻き起こす身の丈ほどもある巨大な一本のこん棒。


 「あ……が……ッ」


 あまりの恐怖に、完全に体が硬直して動かない。【邪眼の威圧】を食らうまでもなかった。生身の圧迫感と死の気配だけで、俺の心臓は凍りつき、指一本動かせなくなったのだ。


 (死んだ……ッ! 終わった……ッ!)


 パニックになった脳裏を即死の二文字が支配する。助かる可能性など0%だ。サイクロプスが棲息するのは、王都から最も近い最悪の難所【絶望の森】。かつて数多の新規プレイヤーがこの森で初撃殺を食らい、ゲームを投げ出したことからその名がついた地獄だ。本来ならフルパーティー(8名)で連携を組み、絶え間なく攻略してようやく倒せるようなボス級魔獣に、非戦闘員のデブガマガエルがたった1人で勝てるわけがない。


 終わった。完全に終わったのだ。俺の異世界生活は、ここで潰える。覚悟を決める余地すらなく、俺はただ絶望の暗闇に飲み込まれていた。しかし、サイクロプスは手にしていた巨大なこん棒をズシンと地面に置くと、そのまま近くの巨岩へとドサリと腰掛けた。


 (……え?)


 俺はサイクロプスの真下に転移させられていた。近すぎたのだ。あまりにも至近距離すぎたため、かえってサイクロプスの視界から完全に外れていたのだ。単眼のサイクロプスは立体感の把握が弱く、足元の直下は完全な死角となっている。九死に一生を得る。まさにその言葉通りの奇跡が起きていた。サイクロプスの足元の死角に居続けることこそが、唯一にして最大の安全圏だったのだ。胸を撫でおろし、安堵の息を漏らそうとした瞬間、俺はさらなる地獄の光景を目にすることになった。


 サイクロプスの周囲には、数10名におよぶ冒険者たちの凄惨な遺体が転がっていた。こん棒で叩き潰され、原型を留めずミンチとなった肉塊。手足が飛び散り、鮮血と内臓が泥に塗れて散乱している。ゲームのような光となって消える死体などそこにはない。これが、現実の血生臭い世界なのだ。サイクロプスはその太い指先で遺体の一部を摘み上げると、バリバリと生々しい音を立てて口の中へ放り込み始めた。


 「……ッ!! げふっ……ッ、おぇぇぇっ……!!」


 目の前で繰り広げられる惨虐極まりない捕食光景に、俺は胃の中のものを吐き出した。むごすぎる。あまりに非現実的で凄絶な光景に、今すぐ大声で泣き叫びたかった。だが、叫べば一瞬で踏み潰される。俺は自分の口を両手で固く塞ぎ、ガクガクと全身を震わせながら、激痛を伴う嘔吐感と声にならない悲鳴を殺し続けるしかなかった。


 どれほどの時間が過ぎただろうか。満腹になったサイクロプスは、岩に背をもたれかけたまま、豪快なイビキをかき始めて眠りについた。千載一遇のチャンスだ。逃げるなら今しかない。だが、俺には逃げることすら出来なかった。ゲーム時代の俺は、王都から一歩も出ずにNPCヒロインたちとの恋愛無双を楽しんでいた。だから王都の外の地理など完全に未知の領域なのだ。帰り道など分かるはずもない。仮に運良く絶望の森を抜け出せたとしても、王都周辺を徘徊する最弱の雑魚魔獣ですら、今の俺にとっては一撃で命を奪われる致死の脅威なのだから。


 俺には、どこにも逃げ場など無かったのだ。


 (……ハハ、もう……いいや……)


 心の糸がプツリと切れた。最初から無理だったのだ。レアスキルも凄まじい戦闘力もない醜いガマガエルが、この過酷な現実世界で生き抜こうなんておこがましかったのだ。死ぬなら、せめて一思いに殺してほしい。あの巨大なこん棒で頭から叩き潰されれば、痛みを感じる暇もなく一瞬で意識が途絶えるだろう。逆に中途半端な雑魚魔獣に襲われれば、身体を噛み千切られながら苦悶の末に死んでいくことになる。


 (そうだ……楽に死のう。ここで終わらせよう……!)


 俺は絶望のすべてを受け入れた。唯一の安全地帯であったサイクロプスの足元から一歩踏み出し、大イビキをかいて眠る巨大な単眼の怪物を見上げて、喉が千切れるほどの勢いで叫んだ。


 「起きろぉぉぉッ!! 起きて俺を殺せぇぇぇッ!! 一思いに殺してみろッ!!」


 絶望の果てに生み出された狂気の勇気。破れかぶれの叫び声が森に響き渡り、サイクロプスの巨大な単眼が、カッと見開かれた。


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