きまぐれ令嬢
俺は一睡もできなかった。童貞の俺が、目の前に魅力的で豊満な可愛いクロエを横たえさせて熟睡できるほど、清廉潔白な心など持ち合わせていなかった。俺は一晩中、クロエの服を破り捨て、その健康的な褐色の肌をむさぼる妄想をして、自慰行為をしてしまった。ギルド内、しかも目と鼻の先に本人がいる状況での自慰行為は、背徳感と相まってとてつもない快感だった。結局朝までに3回抜いてしまい眠れなかったが、俺の顔は妙にすっきりと晴れ渡っていた。
「クロエ、おはよう。ちゃんと眠れたか?」
俺は爽やかなイケメン風の笑顔を浮かべ、目を覚ましたクロエに声をかけた。やましい気持ちを隠すための、精一杯の抵抗である。
「ガマちゃん、おはようっす! ……なんだか、すごく顔色がいいっすね?」
「まあな、熟睡できたからさ」
まさか一晩中自分がおかずにされていたとは夢にも思っていないクロエは、素直に頷いた。ギルド内にいた他の冒険者たちも起き出し、布団を干してテーブルや椅子を並べ直し始めている。格安で布団を借りられる代わりに、朝の片付けを手伝うのがこのギルドのルールなのだ。俺たちも皆に混ざって手際よく片付けを済ませた。すると、受付から焼きたてのパンとスープが運ばれてきた。ギルドからのささやかな朝食サービスだ。俺たちはパンをかじりながら、今日の行動予定を話し合うことにした。
「ガマちゃん、今日も生活クエストっすか?」
「ああ。今日は薬草採取に行こうと思ってる」
「えっ!? で、でも薬草採取って、凶暴な魔獣がうじゃうじゃいる討伐クエストの部類っす!僕1人じゃガマちゃんを守り切れないかもしれないっす!」
薬草採取と聞けば、初心者向けの簡単な採取クエストに思えるかもしれない。だがオルデンでは違う。王都の周辺は初心者用のチュートリアルエリアだが、薬草は生えていない。本来、薬草が生い茂っているのは、王都から最も近い難所【絶望の森】なのだ。そこは過酷な環境であり、倒れたプレイヤーの死体を養分として薬草が群生しているという惨烈な場所だった。
「絶望の森へ行くわけじゃないさ。俺たちが向かうのは【王都自然公園】」
「えぇっ!? ガマちゃん、あそこはもっとヤバいっすよ!?」
「大丈夫だ、俺に考えがある」
「わ……分かったす! 僕はガマちゃんを信じるっす!」
クロエが目玉を飛び出さんばかりに驚くのも無理はない。王都自然公園のなかにある森には魔獣はいない安全な場所だ。だが、そこに生えている薬草と毒草は見た目が完全に瓜二つなのだ。判別方法はなく、運に頼るしかない。運ゲーに失敗すれば、強烈な毒で侵されてしまい死に至る。そんな狂気のバクチに挑む奴など皆無だった。だが、俺には確信があった。あそこにはあの子がいるはずだ。彼女を攻略できれば、毒草問題はどうとでもなる。
王都南区から自然公園までは、乗合馬車を使うのが一般的だ。しかし、1円でも節約したい俺たちは徒歩で向かうことにした。歩いて約2時間。最初のうちはクロエの好きな本の話を聞きながら楽しく歩いていたのだが……30分も経つと、俺の膝が笑い始め、ガクガクと震えて動けなくなってしまった。俺は自分の体力を完全に過信していた。日頃から重い鎧を着て戦っていた元戦士のクロエと、運動不足のデブガマガエルである俺とでは、根本的な体力が違いすぎるのだ。もう少しゆっくり歩こうと言い出せないまま無理をした結果、俺はその場に激しく倒れ込んでしまった。
「はぁ……はぁ……ッ! ぜぇ……ッ!」
全身汗だくで路上にへたり込む俺。行き交う通行人たちから「なんだあの気味悪いガマガエルは……」と冷ややかな視線が突き刺さる。また不審者として通報されてもおかしくない惨状だった。
だが、そこで予想だにしない最悪の事態が起きた。
カツカツと優雅な蹄の音を立てて、俺のすぐ目の前に豪華絢爛な装飾馬車が停車したのだ。扉が開き、そこから姿を現したのは、陽光を弾く眩いばかりの金髪。圧倒的な存在感を放つ縦ロールのツインドリル。大きく愛くるしい赤目と、透き通るような白磁の肌。胸元が大きく開いた純白の最高級ドレスに、足元は真っ赤なピンヒール。手首や指にはルビーの宝飾品が燦然と輝き、口元には鮮やかな赤い扇子を添えている。常に自信と高慢さに満ちたその美貌、【気まぐれ令嬢】セレスティナ・フォン・ローゼンバーグだった!
「……あら? 王都の麗しい街並みに、見るに堪えない害虫が這いつくばっていますわね。不快ですわ、今すぐ私の目の前から消え去りなさい」
彼女が扇子を優雅に開いてそう呟いた瞬間、空間が歪んだ。
視界が激しく回転し、景色が劇的に塗り替わっていく。俺は理解が追いつかなかった。セレスティナのスキル【令嬢の気まぐれ賽】は、彼女の機嫌を損ねた相をランダムな場所へ強制転移させるという理不尽極まりないスキルだ。運が良ければ隠し宝物庫へ、運が悪ければボス級魔獣の目の前へ飛ばされる。
ゲーム時代の彼女はイケメンが大好物だったため、課金アバターの超イケメンだった俺には愛想のよい美しい令嬢だった。油断していた……! ガマガエル顔の俺は、彼女にとってただの不快な害虫でしかなかったのだ!




