一日の終わり
「ガマちゃん、あの女だれなんすっか」
俺は、せっかく手にした100万円という大金を、あっさりとサクラに奪われた。ゲームの知識でアイツにだけは絶対に関わっちゃいけないと知っていたはずなのに……!今の俺にはレアスキルもなければ、完璧なルックスもない。当然、金もない。そんな状態でサクラのような『最凶ヒロイン』を攻略することなど絶対に不可能だ。だからこそ会いたくなかったというのに!
……あのお金は、クロエとキスをするための軍資金だったのだ。あのプルンプルンとしたマシュマロのようなクロエの唇に、俺のたらこ唇が重なる予定だったのだ。その野望が潰え、俺はショックのあまり顔面蒼白となり、どんよりとした暗雲を背負っていた。
「ガマちゃん、ガマちゃん……聞いてるっすか?」
「ご……ごめん! クロエとキス……っ!」
動脳しすぎて脳内の邪念がそのまま口から漏れ出し、俺は慌てて口を塞いだ。
「あ、僕もキスは好きっすよ!」
「……っ!?」
クロエの大胆すぎる発言に、真っ青だった俺の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「残念っすね。キス(鱚)のお寿司、食べたかったっす」
「……」
……キスはキスでも、お魚の鱚のことだった。
「それにしてもガマちゃん、あの女は何者なんすか? もしかして……ガマちゃんの彼女っすか?」
クロエは少し頬を膨らませ、拗ねたように聞いてくる。俺は自分の勘違いが恥ずかしすぎて、クロエが見せた嫉妬の表情に気づく余裕すらなく、必死に手を振った。
「そ、そんなわけないだろ! あんな女!」
クロエとの甘いひとときを邪魔したサクラなど、絶対に俺のハーレムには入れたくない。……が、しかし。サクラの完璧なスタイル、天真爛漫な笑顔、誰もが一目惚れする美貌は捨てがたいのも事実だ。それに、アイツの持つスキルを上手く利用すれば、将来的にとんでもない大金を稼ぎ出せることを俺は知っている。
一時の感情に流されて切り捨てるのは愚策だ。いつか盤面を整えたら、あの最凶ヒロインも俺の手で攻略して手中に収めてやる。顔も醜いが、俺の心も醜いのだ。下心と野望全開で、我が道を行けばいい。
「ふふ、良かったっす!」
俺の否定を聞いて、クロエはほっとしたように無邪気な笑顔を見せた。だが俺は妄想に没頭していたため、その可愛らしい笑顔にも気づけていなかった。
「でも……それならどうして、ガマちゃんはあの女を助けたんすか?」
手に入れたばかりの100万円という大金をあっさり手放した理由を、クロエは純粋に疑問に思っているようだ。
「……困っている人を、放っておけなかったんだよ」
嘘をついた。
「この世界はゲームの世界で、俺は昔お前たち1000人とハーレムを作っていた。あいつはその一人だ」なんて口が裂けても言えるわけがない。そんな都合の良い知識でクロエに近づいたと知られたら、クロエは間違いなく俺に愛想を尽かして去ってしまう。この世界で生き残るため、そして彼女を引き留めるためなら、俺は息を吐くように嘘をつくしかないのだ。
「……ガマちゃん、素敵っす! さすが僕の真の仲間っすね!」
純粋な瞳で俺を見つめ、尊敬の眼差しを向けてくるクロエ。……胸が痛い。純粋な彼女を騙している罪悪感が刺さる。だが、ガマガエル顔の弱者が生き抜くには、手段など選んではいられない。
「ごめんな、クロエ。二人で掴み取った大金を失わせてしまって……」
俺は心の中で「騙してごめん」と詫びながら、深く頭を下げた。
「気にしてないっすよ! 装備を売ったお金が少し残ってるっすから、それで1週間くらいなら暮らせるっす! ……あ、僕、お腹ペコペコっす。高級寿司は無理っすけど、回るお寿司ならご馳走できるっすよ!」
「……ごちになりますっ!」
俺はプライドを捨て、恥を忍んでクロエにご馳走になることにした。
2人で回転寿司を堪能したあと、俺たちは冒険者ギルドへと戻った。夜の冒険者ギルドは、安宿すら泊まれない貧困冒険者たちの巨大な寝床となる。少額のレンタル料で布団を借り、床で寝ることができるのだ。ゲーム初期もお世話になった懐かしい光景である。
「大布団を1つ借りるっす!」
「……え!?」
俺は思わず聞き返した。
「布団を2つ借りるより、大布団を1つ借りる方が安いっすよ!」
「で、でも……俺と同じ布団で寝るなんて、嫌じゃないのか?」
「全然平気っす!」
クロエと1つの布団で添い寝。……これって、キスを通り越して一気に大人の関係へ進んでしまうのでは!?いやダメだ、ギルドのフロアでそんな破廉恥な行為ができるはずがない! 俺は慌てて妄想を打ち消した。
「そ、そうか! 俺も全然かまわないぞ!」
ニヤけそうになる口元を必死に抑え、平然を装うので精一杯だ。クロエはレンタルした大きな敷布団と掛け布団を受け取ると、ギルドの隅のスペースに手際よく敷いた。
「今日は色々あって、本当に疲れたっすね……」
「あぁ……そうだな」
1つの布団に入り、俺はクロエに背を向けた状態で横になった。……恥ずかしすぎて、クロエのほうを向いて寝るなんて到底不可能だったからだ。振り向かなくても、目の前数センチに彼女の豊満な胸と、キュートな寝顔があるのだと想像するだけで脳が爆発しそうになる。
ゲームでも添い寝モードがあり、1000人の美女たちとの添い寝を楽しんだものだった。だが、ゲームの中の話だ。今はリアルな現実なのだ。童貞の俺にとって、この状況は天国の皮をかぶった地獄だった。クロエが隣で何か話しかけてくれていたが、俺の脳には一切届いていない。ただ、背中に伝わってくるクロエの暖かな体温と吐息に翻弄され、元気な相棒が暴走しないよう必死で全身に力を込め続ける……そんな眠れぬ夜が過ぎていくのだった。




