さいきょうの女
すっかり何もなくなり、ピカピカになった地下倉庫を見渡したプラタは、突然子供のように大声で泣き出した。
「余の楽園が……ッ! 余の楽園があぁぁぁ……ッ!! エ~~ン、エ~~ン……ッ!」
綺麗になった床に座り込み、目を真っ赤にして泣きじゃくるプラタ。そこにはもう、天才魔法士としての威厳など微塵もなかった。
「……大丈夫だよ、プラタ。俺がこれから新しいB級魔導書をたくさん集めてあげるから。だから、もう泣くのはやめなよ」
俺はゲームの時のイケメン風のキザな声を意識しながら、彼女の銀髪の頭をポンポンと優しく撫でてやった。
「……キモ」
瞬時に我に返ったプラタが、まるで道端の汚物でも見るかのような冷酷な眼差しで俺を睨みつけてきた。……分かっていたさ。ブ男のナデナデほど気持ち悪いものはないのだ。
「まあ、いいわ。私には別の寝床もあるしね」
そう吐き捨てると、プラタは【オクタ・ゲート】の魔法を発動させた。これはあらかじめ設置しておいた8つの扉へ瞬時に移動できる空間魔法だ。そのうち4つは王都内の各図書館に設置されているらしい。プラタは現れた扉をくぐり、あっさりと別の図書館へ移動した。取り残された俺とクロエは、クエスト達成の報告のため冒険者ギルドへと向かった。
「は、はいいぃぃ!? たった1日で、あの大地下倉庫をすべて綺麗に片付けられたのですか!?」
受付嬢が信じられないといった様子で叫んだ。大図書館の地下倉庫の掃除は、最低でも2週間はかかるはずだった。しかも、廃棄処分予定だった大量の古書や壊れた本棚まで完璧に処分されていた上、長年ギルドの頭痛の種だった不法占拠中の残念エルフの追放まで達成した形になっていた。
その結果、本来の50万を遥かに飛び越え、追加報酬が加算され、俺たちは一気に100万円という大金を手にすることになったのだ!
「ガマちゃん、やったっすね……っ!」
「あ、ああ! ありがとう、クロエ!」
もちろん窓口でのやり取りはすべてクロエに任せた。ずっしりと重いお金の袋を抱え、俺はこみ上げる笑いを必死に噛み殺していた。100万円もあれば、当面の生活費は完全に担保されたことになる。
(よし……これで本格的にクロエとの距離を縮められるぞ……!)
今、クロエが俺に向ける視線は愛ではない。隠れた才能を見出してくれたことに対する尊敬と感謝だ。この感謝の気持ちを恋心へと変換するのは容易ではないだろう。だが、俺はゲームで1000人のハーレムを作った記憶がある。彼女の趣味嗜好はすべて頭に入っているのだ。まず、極貧生活で普段サバ缶くらいしか食べていなかったクロエに、大好物の美味しい魚料理を腹一杯食べさせて胃袋を掴む。俺は王都にある名店を熟知している。そう、あの高級寿司屋だ!さらにその寿司屋には、猫族の嗜好品であるマタタビ酒が置いてある。美味しいお寿司とマタタビ酒で彼女の気分が高揚したところで、夜にライトアップされる美しいアモーレ南公園の噴水前へ誘導し、一気に雰囲気を作って親密な関係へ!完璧すぎる攻略ルートに妄想が膨らみ、俺はギルド内で不気味すぎるニヤケ顔を周囲に振りまいていた。
「……コホン! あぁ、そうだクロエ。当面の資金も入ったことだし、今日は俺たちがパーティーを組んだ記念日としてお祝いをしないか?」
「う、うれしいっす……! ぜひ行きたいっす!」
クロエは少し頬を赤らめて、心から喜んでくれた。
「実は王都で最高に美味しい寿司屋を知ってるんだ。そこへ行こう」
「お……お寿司……っ!? 僕、王都に来たら一度でいいからお寿司を食べてみたかったんす! すごく嬉しいっす!」
クロエの瞳がランランと輝く。よし、計画は完璧だ!今夜は絶対にアモーレ南公園でクロエとキスをする……そう心に強く誓い、俺たちはギルドをあとにした。外に出る頃には、空は綺麗な茜色に染まりかけていた。
「クロエ、こっちだ」
俺はさりげなく男らしくエスコートしようと手を差し出そうとした……が、直前でビビって手を引っ込めてしまった。ゲームなら何の躊躇もなくできたプレイも、リアルな現実だと思うと途端に足がすくんでしまう。俺はどこまで臆病なんだ。
「ガマちゃん、人混みではぐれないように手を繋ぐっす!」
「あ……っ」
引っ込めかけた俺の手を、クロエからキュッと優しく握ってくれた。その手の感触は驚くほど柔らかく、暖かかった。まるで雲を掴んでいるかのような心地よさに、俺の心臓は今にも破裂しそうなほどドクドクと警鐘を鳴らす。この激しい鼓動が彼女に伝わってしまわないかヒヤヒヤものだった。俺は動揺を隠すように、これから行く高級寿司屋の魅力を語り続けた。クロエは今にもヨダレが滴り落ちそうな顔で、目を輝かせて俺の話に聞き入ってくれた。会話が盛り上がり、俺の緊張もほぐれて最高の雰囲気になった……その時だった。
賑やかな街頭の雑踏をかき分け、1人の女性が目の前にすっと現れた。
「あ、ちょうどよかった! この人が私の身元保証人ですよ。今日の支払いは全部この人がしてくれますから!」
「……は?」
俺は目玉が飛び出るほど驚愕した。突然現れた女性の言葉内容に……ではない。その女性の顔にだ。
俺はこの女をよく知っている。かつて俺が打ち立てた1000人ハーレムの中にいた女性の1人。誰もが一目惚れする容姿、抜群のスタイル、弾けるような愛嬌。完璧という言葉がふさわしい美女。しかし、俺がこの世界で最も出会いたくなかった女性だった。なぜなら彼女は、1000人のヒロインの中で『最強』ではなく、最も厄介な『最凶』の女性だからだ!




