(悲劇を忘れた微笑み)
ゼノスが逃亡した後、キョウノはその場に崩れ落ちた。
ラオは膝をつき、必死に地を這いながらキョウノのもとへと駆け寄る。同時に、山頂で見守っていたミリナもまた、キョウノの容態を確かめるべく駆け下りてきた。
ラオが辿り着くと同時に、キョウノの巨大化した異形は見る見るうちに縮み、元の少年の姿へと戻っていく。
その顔を覗き込んだラオは、驚愕に目を見開いた。
キョウノの額には、禍々しい『枷(手枷の紋章)』が刻み込まれていたのだ。
ラオは背中に荷車と同等の負荷を分散させる術式『負債の術(オザルの術)』を発動し、気絶したキョウノを背負い上げた。
その時、ミリナが震える声で呟いた。
「あ、あの……私も一緒に行ってもいいですか?」
ラオは振り返り、鋭い視線でミリナを射抜く。
「お前は誰だ?」
「私……キョウノの友達なんです」
ミリナの言葉を聞き、ラオは静かに頷き、彼女を同行させることを許した。
◇
——それから一週間後。
ラウゼン市・ジン区。
静かな部屋で、ラオはベッドの脇に座り、キョウノが目を覚ますのをじっと待っていた。
すると、キョウノのまぶたが小さく動き、ゆっくりと開かれた。
ラオは身を乗り出し、慌てて声をかける。
「キョウ! 大丈夫か!? 気分はどうだ!?」
キョウノは無垢で純粋な瞳でラオを見つめ、ぽつりと答えた。
「うん、ラオ……大丈夫だよ。でも、僕……一体どうなったの?」
「おいおい、忘れたのか? あの壮絶な戦いも、お前が『紅蓮の力』を発動させたことも……」
「紅蓮の力……? 何のこと……?」
呆然とするキョウノの反応に、ラオは眉をひそめた。
「頭でも強く打ったのか、このバカ……」
「うーん、本当に分からないんだ。それより……お父さんとお母さんはどこ? 家にいるの?」
その言葉を聞いた瞬間、ラオの息が止まった。
キョウノは記憶を失っている——それも、惨殺された両親の死や過酷な過去だけを綺麗に忘れ去り、なぜかラオのことだけを覚えているのだ。
ラオは葛藤の末、キョウノの記憶を取り戻すきっかけになればと、彼を『アカデミー(学院)』へ連れて行くことを決意する。
二人が家を出ようと扉を開けると、そこにはずっと外で待ち続けていたミリナの姿があった。
「キョウノ! 体調はもういいの……?」
心配そうに覗き込むミリナに対し、キョウノは不思議そうな顔で問いかけた。
「……君、誰?」
——つづく




