第7話「銀斑のキノコと青き葉」
木々の隙間から降り注ぐ陽光が、澄み切った冷たい空気を切り裂くように細い黄金の帯となって森の地面を照らし出している。
エリアルはドラグレスの分厚く大きな手に引かれながら、雪解けの進んだ柔らかな腐葉土を踏みしめていた。
分厚い獣の毛皮で作られた長靴は、エリアルの細い足には少しばかり重く、普段なら数歩歩くだけで息が上がってしまうほどに頑丈な作りをしている。
しかし、前を行くドラグレスがエリアルの歩幅に合わせて極めて緩やかに足を運んでくれるため、呼吸が乱れることはない。
繋がれた手から絶え間なく流れ込んでくる高い体温が、エリアルの冷えやすい指先を芯から温め、森の冷気から守ってくれていた。
ドラグレスはとき折歩みを止め、反対の手に持った古い羊皮紙の図鑑を広げては、周囲の茂みと見比べながら鋭い視線を巡らせる。
漆黒の髪の間から突き出た二本の角が、木漏れ日を浴びて深い紺色の光沢を放ち、彼の横顔に険しくも美しい陰影を落としていた。
背後でゆったりと左右に揺れる太い尾は、単に機嫌を表しているだけではない。
行く手を阻む鋭い茨の蔓や、雪の重みで折れ曲がった太い枝を、エリアルの歩く道筋から一本残らず薙ぎ払っているのだ。
その不器用で、けれど周到な気遣いのひとつひとつに触れるたび、エリアルの胸の奥で固く縮こまっていた冷たい塊が、春の雪解けのように少しずつ形を崩していく。
◆ ◆ ◆
どれほど歩いた頃だろうか。
周囲を囲む樹木の幹が一段と太さを増し、湿り気を帯びた涼しい風がエリアルの頬を撫でた。
風に乗って、かすかな土の匂いと、甘く熟したような奇妙な香りが鼻腔をくすぐる。
ドラグレスがふと足を止め、図鑑を閉じてエリアルを振り返った。
黄金の瞳がわずかに輝きを増したように見え、彼は自由な方の手で近くにそびえ立つ巨大な老木の根元を指差した。
エリアルが視線を向けると、濃い緑色の苔が生い茂る太い根の窪みに、小さなキノコの群生が身を寄せ合うようにして生えている。
それは図鑑の挿絵に描かれていた通り、傘の表面に星屑を散りばめたような銀色の斑点を持つ、見たこともないキノコだった。
周囲の光を吸い込むようにしてかすかに明滅するその姿は、まるで夜空の一部を切り取って地面に直接植え付けたかのようである。
ドラグレスはエリアルの手をそっと離すと、老木の前に静かにひざまずき、鋭い爪先を器用に使ってキノコを根元から傷つけずに採取し始めた。
その背中は岩山のように大きく逞しく、背中の筋肉が布越しに隆起しているのがわかる。
それほどまでの膂力を持つ男が、小さな生命を扱う手つきはどこまでも慎重であり、爪の先が土を掘り返すわずかな音だけが森の静寂に溶け込んでいた。
エリアルは近くにある平らな岩を見つけ、そこへ腰を下ろして分厚い外套の襟元を少しだけ緩める。
冷たい空気が首筋を通り抜けていくのが心地よく、額ににじんでいたわずかな汗をさらりと奪い去っていった。
息を整えながら、エリアルは目の前で作業に没頭するドラグレスの広い背中を見つめる。
村にいた頃、誰かが自分のために何かを探してくれたり、歩く道を整えてくれたりすることなど一度もなかった。
石を投げられ、冷たい泥水を浴びせられ、ただ息をしているだけで罪であるかのように扱われてきた日々。
誰の目にも留まらないよう、常にうつむいて影のように生きるしかなかったエリアルにとって、この竜王から向けられる執着とも呼べるほどの保護は、ひどく甘く、そして恐ろしいものだった。
いつかこの優しさが反転し、やはり自分はただの食料に過ぎなかったのだと突き落とされる日が来るのではないか。
そんな不安が頭をよぎるたび、エリアルは外套の布地をきつく握りしめて己を戒める。
採取を終えたドラグレスが立ち上がり、いくつかの銀色のキノコを丁寧に柔らかな布に包んで懐へと仕舞い込んだ。
彼は再びエリアルのもとへと歩み寄り、当然のように大きな手を差し出してくる。
その手のひらには、先ほど触れたキノコの銀色の胞子がかすかに付着しており、陽光を浴びてきらきらと細かく輝いていた。
エリアルは少しだけためらった後、自分の小さな手をその温かい手のひらの上へと重ねる。
◆ ◆ ◆
二人はさらに森の深部へと進み、やがて透き通った水が静かに流れる小さな小川のほとりへとたどり着いた。
川底の丸い石の模様まではっきりと見えるほどに澄んだ水面には、周囲の豊かな緑と青い空が美しく映り込んでいる。
水辺の湿地帯に足を踏み入れると、図鑑に描かれていたもう一つの素材、深い青色の葉を持つ植物が群生しているのが見えた。
葉の表面には細かな産毛が密生しており、朝露を弾いて真珠のような水滴をいくつも乗せている。
ドラグレスは目標の物をすべて見つけた喜びに顔をほころばせ、鼻から短く息を吹き出す。
すると、彼の背後にある太い尾が、まるで飼い主を見つけた犬のように激しく左右に揺れ始めた。
そのあまりにも素直でわかりやすい感情の表れに、エリアルは思わず口元を緩め、小さな笑い声を漏らしてしまう。
その音に驚いたようにドラグレスが動きを止め、黄金の瞳を丸くしてエリアルを見つめた。
エリアルは自分の失態に気づき、すぐに両手で口元を覆って身をすくめる。
しかし、ドラグレスの目元はこれまでになく穏やかに和らいでおり、怒るどころか、その笑い声をもっと聞きたがるように身を乗り出してきた。
言葉はなくとも、二人の間に流れる空気は春の陽だまりのように暖かく、互いの存在を少しずつ確かめ合っている。
ドラグレスは川辺にしゃがみ込み、青い葉を数枚慎重に摘み取ると、用意していた革の袋へと大切に収めた。
これで魔法の薬を作るための主要な素材はすべて揃ったことになる。
男は立ち上がると、エリアルの肩に回した腕に少しだけ力を込め、再び暖かい我が家である洞窟へと向かって、満足げな足取りで引き返し始めた。




