第6話「踏み出した雪解けの森」
洞窟の長い通路を抜け、外の世界に近づくにつれて、空気が次第に鋭い冷たさを帯びていく。
エリアルは男の首元に両腕を回し、顔を分厚い毛皮の外套に埋めて、これから全身を襲うであろう猛吹雪に備えた。
しかし、洞窟の出口を抜けて視界に飛び込んできたのは、予想していたような白濁した死の世界ではなかった。
突き抜けるような群青色の空の下、雪原は降り注ぐ太陽の光を反射して、無数の宝石を撒き散らしたようにきらきらと輝いていた。
風は嘘のように穏やかで、肺に吸い込む空気は冷たいものの、肌を刺すような痛みはまったくない。
遠くに見える巨大な針葉樹の森は、枝先に積もった雪が陽光を受けて溶け出し、透明な氷の雫となってきらめいている。
ここは竜の強大な力によって守られた、外界の過酷な冬が干渉できない特別な領域なのだと、エリアルは直感した。
男はエリアルを抱え直すと、新雪が深く積もる斜面をゆっくりと下り始める。
ザクッ、ザクッと、男の重い足取りが雪を強く踏み固めるくぐもった音が、静寂の雪原に規則正しく響き渡る。
男の胸に顔を寄せるエリアルには、冷気よりもむしろ男の分厚い筋肉から伝わる力強い鼓動と、全身を包み込むような高い体温の方が強く感じられた。
しばらく進むと、雪原を抜けて巨大な木々が立ち並ぶ森の中へと入っていく。
木々の根元には雪が積もっておらず、ふかふかとした腐葉土の地面が顔を出していた。
男は安全な場所を見つけると、エリアルをそっと地面に下ろす。
エリアルが分厚い長靴で地面を踏みしめると、枯れ葉が沈み込む柔らかな感触が足の裏に伝わってきた。
男は少し前を歩きながら、背後を振り返ってエリアルがきちんとついてきているかを何度も確認している。
その背中で揺れる太い尾が、雪や枯れ枝を払い除け、エリアルが歩きやすいように道を作ってくれていた。
歩きながら周囲を見渡すと、見上げるほど高い木の枝の間から黄金色の木漏れ日が差し込み、空気中を舞う微小な氷の粒を幻想的に照らし出している。
エリアルがその美しさに目を奪われていると、頭上からかすかなきしむような音が聞こえた。
日差しによって溶けかけた巨大な雪の塊が、太い枝から滑り落ち、真っ直ぐにエリアルの頭上へと落下してきたのだ。
声を出して逃げる間もなく、エリアルは反射的に身をすくめて両腕で頭を覆う。
その瞬間、視界が急激に暗くなり、分厚い熱の塊に激しく引き寄せられた。
男が人間離れした速度でエリアルの体を抱き寄せ、己の広い背中で落下する雪の塊をしっかりと受け止めたのだ。
鈍い衝撃音が頭上で響き、砕け散った雪が男の黒い衣服を白く染める。
エリアルは男の硬い胸板に顔を押し付けられたまま、ただ呆然と目を見開いていた。
男の身体からは、焦燥を帯びた濃密なαの匂いがかすかに漏れ出ている。
男はエリアルを抱きしめたまま少し身体を離し、黄金の瞳でエリアルに怪我がないか、顔の隅々まで鋭く観察し始めた。
どこも痛くないこと、そして自分がすっかり守られていたことを理解し、エリアルの胸の奥で何かが堰を切ったようにあふれ出す。
村にいた頃、誰かがエリアルをかばってくれたことなど一度もなかった。
石を投げられても、雪の中に突き飛ばされても、誰も助けてはくれなかった。
それなのに、言葉すら通じないこの竜の男は、己の身を挺してエリアルに降りかかるすべての危険を排除しようとしてくれる。
視界が急激に歪み、熱いものがまぶたの裏に込み上げてきた。
エリアルは必死に顔を伏せて涙を隠そうとしたが、大粒の雫が頬を伝って分厚い毛皮の襟元へと吸い込まれていく。
それに気づいた男は、険しい表情をふっと和らげ、厚い手袋を外した大きな手でエリアルの頬に触れた。
熱い親指の腹が、目尻に浮かんだ涙を乱暴なほど不器用に、けれどひどく優しい手つきで拭い去る。
エリアルは鼻をすすりながら、大丈夫だと伝えるために、ほんのわずかに口角を上げて微笑んでみせた。
すると、男は安心したように短く息を吐き出し、その背後で逞しい尾がバサリと大きく揺れる。
男は再びエリアルの手を取り、その小さな手をすっぽりと包み込むように握りしめると、魔法の薬草を探すため、輝く森の奥へと歩みを進めた。




