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言葉の通じない竜王様に拾われた生贄のΩ〜太らせて食べられると思ったら、不器用で過保護な求愛でした〜  作者: 水凪しおん


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番外編「雪に埋もれた小さな運命」

◇ドラグレス視点


 凍てつくような吹雪が、刃となって峰の岩肌を削り取っていたあの夜。

 俺は領地の見回りを終え、己の住処である洞窟へと引き返そうとしていた。

 竜族にとって雪山の寒さなど気にするに値しないが、この荒れ狂う風の中では、獲物となる獣すら外には出歩かない。

 退屈な夜だと息を吐き出したそのとき、風向きが変わり、かすかな匂いが俺の鼻腔を掠めた。

 それは、血の匂いでも獣の匂いでもない。

 ひどく甘く、それでいて今にも消え入ってしまいそうなほどに脆い、Ωの悲痛な気配だった。


『なぜ、こんな死の世界に人間のΩがいる』


 思考よりも先に、俺の身体は匂いの源泉へと向かって雪を蹴り上げていた。

 この雪山は人間の住む領域からは遠く離れており、魔力を持たない者が足を踏み入れれば、数刻と経たずに命を落とす過酷な場所である。

 焦燥感に駆られながら猛吹雪を抜けた先、岩陰に身を隠すようにして倒れ伏している小さな影を見つけた。

 薄い麻の衣服しかまとわず、雪に半分埋もれるようにして丸まっているその姿をみた瞬間、俺の胸の奥で何かが激しく弾け飛んだ。

 心臓が肋骨を打ち破るほどの速さで跳ね上がり、魂の奥底から強烈な独占欲と保護欲がうなりを上げて湧き上がってくる。

 理屈ではない。

 何百年という時を生きてきた俺の竜としての本能が、この小さくひ弱な人間こそが、生涯をかけて守り抜くべき魂の番であると告げていた。

 俺はすぐさま歩み寄り、冷え切ったその身体に己の分厚い毛皮の外套を被せた。

 指先がその頬に触れたとき、あまりの冷たさに俺は血の気が引くほどの恐怖を覚えた。

 命の炎が風前の灯火となっており、少しでも力を込めればそのまま砕け散ってしまいそうだった。

 俺は彼を抱き上げ、己の体温を分け与えるように胸に強く抱き込んで、一刻も早く洞窟へと歩みを進めた。

 腕の中にいる彼は、ひどく怯えた様子で固く目を閉じていた。

 無理もない。

 こんな恐ろしい容姿を持つ怪物が目の前に現れたのだから、食べられると勘違いして恐怖に震えるのは当然の反応だ。

 俺は彼に危害を加えるつもりなどないことを伝えたくて、何度も言葉を紡ごうとした。

 しかし、竜族の古い言葉と人間の言葉は交わらず、俺の声はただの獣の唸り声として彼の耳に届き、さらに彼を怯えさせてしまう結果となった。


『どうすれば、俺の言葉はお前に届くのだ』


 安全な洞窟の最奥部へ彼を運び込み、ふかふかの毛皮の寝床に寝かせた後も、俺の焦燥は消えなかった。

 温かいスープを飲ませ、この山で一番甘い果実を与えても、彼の黄金の瞳に宿る恐怖の色は綺麗には拭い去れない。

 俺は己の巣作り本能に従い、領地のあちこちから美しい宝石や珍しい花を集め、彼の周りを飾り立てた。

 竜族の求愛において、これほど直接的な愛情表現はない。

 不器用な俺の手で茎を折らないように慎重に花を飾り、彼の耳元に薄紅色の花を添えたとき、彼が少しだけ驚いたように目を見開いた。

 その瞬間、俺の背後にある尾が、己の意志とは無関係に激しく振り乱された。

 彼が俺の贈り物を受け入れてくれたことが、世界を手に入れたことよりも嬉しかったのだ。

 だが、それでも互いの心を通い合わせるには及ばない。

 俺は古い図鑑を引っ張り出し、人間の魔法使いが記した翻訳の魔法薬のページを彼に見せた。

 危険な外の世界へ連れ出すことは避けたかったが、この薬がなければ、彼が抱える恐怖の根本を取り除くことはできない。

 彼を分厚い防寒具で包み込み、木から落ちてきた雪の塊から身を挺して守ったとき、彼の大粒の涙が俺の服を濡らした。

 その涙を見た瞬間、彼をこんな場所に捨てた村の人間どもをすべて灰にしてやりたいという凄まじい怒りが沸き起こった。

 これほど美しく、心根の優しいΩを虐げ、無残に命を奪おうとした罪は万死に値する。

 しかし、今は彼を安心させることが最優先だった。

 俺は怒りを呑み込み、ただ彼の頬の涙を不器用に拭ってやることしかできなかった。

 森で素材を集め、大釜で魔法薬を調合する間、俺の心臓はずっと早鐘を打っていた。

 もしも薬が効かなかったら。

 もしも言葉が通じたとき、彼が俺を拒絶し、里へ帰りたいと願ったら。

 そんな暗い想像が頭をよぎるたび、俺は釜の中身を混ぜる手に力を込めて不安を振り払った。

 完成した紺色の液体を彼に飲ませ、少しの沈黙の後、俺は祈るような気持ちで口を開いた。

 俺の言葉が届き、彼がその美しい声で俺の名前を呼んでくれた瞬間、俺の世界は真の意味で完成した。

 彼が俺を恐れず、その細い腕を俺の背中に回してくれたとき、俺はこの小さな命のためなら、喜んで己のすべてを捧げようと誓ったのだ。

 俺の胸の中で安らかな寝息を立てる彼を見つめながら、俺はただひたすらに、この温かく穏やかな時間が永遠に続くことだけを願っていた。

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