第13話「朝の光と深まる温もり」
深い眠りの底から、静かに心地よい感覚がよみがえってくる。
まぶたの裏に差し込む淡い光を感じ取りながら、エリアルはゆっくりと呼吸を繰り返した。
かつて村の納屋で迎えていた朝は、凍てつくような隙間風と、全身の関節が痛むほどの寒さによって無理やり引き起こされるものだった。
しかし今の彼を包み込んでいるのは、分厚く柔らかな獣の毛皮と、すぐ背後から伝わってくる巨大な熱の塊である。
エリアルは目を閉じたまま、自分の腰に回されている太く逞しい腕の感触を確かめた。
ドラグレスはエリアルの背中に己の広い胸板を密着させ、その小さな身体をすっぽりと隠すようにして眠っている。
彼の規則正しい呼吸がエリアルの首筋をくすぐり、吐息が触れるたびに肌の表面がかすかに熱を帯びた。
エリアルの胸元では、昨夜彼から贈られた赤い結晶、竜の涙が、二つ目の心臓のようにかすかな温もりを放ち続けている。
その石の重みが、昨晩の出来事が決して美しい夢などではなく、確かな現実であるのだと教えてくれた。
『私はもう、一人じゃないんだ』
その事実を噛み締めるだけで、胸の奥が甘く締め付けられ、自然と口元が綻んでいく。
エリアルは少しだけ身じろぎをして、背後の熱源の方へと身体を反転させた。
至近距離に、ドラグレスの整った寝顔がある。
起きているときは常に鋭い光を放っている黄金の瞳は静かに閉じられ、漆黒のまつ毛が頬に長い影を落としていた。
額から伸びる二本の角は、発光する苔の光を反射して深い紺色にきらめいている。
恐ろしい竜王として恐れられている男が、今はひどく無防備な顔をして、エリアルの温もりを求めるように身を寄せてきていた。
エリアルは毛皮の中からそっと手を伸ばし、彼の頬にかかる黒い髪の毛を指先で梳くように撫でる。
指先に触れる髪は見た目以上に柔らかく、そして彼自身の体温と同じようにひどく熱かった。
そのかすかな刺激で、ドラグレスの長いまつ毛が震え、ゆっくりと黄金の瞳が姿を現す。
寝起きのぼんやりとした視線がエリアルを捉えた瞬間、その瞳の奥に急速に熱烈な色が満ちていった。
「……おはよう、エリアル。どこか痛むところはないか。寒くはないか」
ドラグレスの朝一番の声は、地響きのように低く、それでいて驚くほどに優しかった。
彼は大きな手のひらでエリアルの頬を包み込み、親指の腹で目元のあたりを慈しむように撫でる。
その過保護すぎる問いかけに、エリアルは小さく首を横に振って微笑んだ。
「おはようございます、ドラグレス。ちっとも寒くないです。あなたがずっと、私を温めてくれていたから」
その言葉を聞いた瞬間、ドラグレスの目元が緩み、彼の背後にある毛皮の布団が大きく持ち上がった。
太い竜の尾が、嬉しさを隠しきれない様子で激しく左右に揺れ始めたのだ。
言葉が通じるようになっても、彼の感情の動きは相変わらず尾の動きに直結しており、そのわかりやすさがエリアルにはひどく愛おしく思えた。
ドラグレスはエリアルの額にそっと自身の額を押し当て、互いの体温を確かめ合うように深く息を吐き出す。
彼から放たれるαのフェロモンが、朝の清浄な空気の中に甘く重く溶け出し、エリアルのΩとしての本能を心地よく満たしていった。
「お前が俺の腕の中にいる朝が、これほどまでに満ち足りたものだとは知らなかった。この先の永遠とも呼べる時間を、すべてお前と共に過ごせるのだと思うと、俺の魂は歓喜に震えて止まらないのだ」
ドラグレスは真っ直ぐな言葉で愛情を伝えながら、エリアルの首元にある赤い結晶にそっと口付けを落とした。
熱い唇が肌に触れる感覚に、エリアルは肩を跳ねさせ、顔を真っ赤にしてうつむく。
村で虐げられていた頃には、誰かからこんなにも切実な愛情を向けられる日が来るなど、想像すらしていなかった。
エリアルは彼の広い背中に腕を回し、その硬い筋肉の感触を確かめるように抱きしめ返した。
「私も、あなたと一緒にいられることが、何よりも嬉しいです……あの、ドラグレス」
「なんだ、愛しい番よ。お前が望むものなら、空の星でも海の底の真珠でも、必ず俺が取ってきてやろう」
「いえ、そういうのではなくて。もしよかったら、あなたの領地を、もっと私に教えてくれませんか。昨日は魔法の薬を作るためだけに急いで森を歩きましたけど、これからは、あなたの生きている世界を、少しずつ知っていきたいんです」
エリアルが上目遣いでそう告げると、ドラグレスは驚いたように瞬きを繰り返し、やがて顔中を輝かせるような深い笑みを浮かべた。
彼にとって、自分の領地を番に案内することは、己のすべてを捧げる儀式にも等しい行為なのだろう。
ドラグレスは弾かれたように立ち上がると、エリアルの身体を毛皮ごと抱き上げ、大きな声で答えた。
「ああ、もちろんお前にすべてを見せよう。俺が守護するこの美しき竜の峰のすべては、今日からお前の庭でもあるのだから。お前の細い足が疲れないように、どこへ行くにも俺が抱えて運んでやるから安心しろ」
「えっ、あの、歩けます。私、ちゃんと自分で歩けますから」
慌てて抗議するエリアルをよそに、ドラグレスは上機嫌で鼻歌のような低い喉を鳴らし、洞窟の奥へと歩き始める。
彼の大きな腕に抱かれたまま、エリアルは呆れと同時に、どうしようもないほどの幸福感に包まれていた。
過去の冷たい記憶は、この熱く過保護な竜王の愛情によって、確実に遠い彼方へと押し流されていく。
二人の笑い声が、光る苔に彩られた静かな洞窟の奥深くへと、どこまでも暖かく響き渡っていった。




