第12話「竜の涙と永遠の誓い」
夕食を終え、満ち足りた静寂が洞窟の最奥部を包み込んでいた。
発光する苔の光は夜の深まりとともにわずかに色を落とし、代わりに炉の残り火が、二人の影を岩肌に柔らかく揺らめかせている。
エリアルは毛皮の寝床に深く腰を下ろし、隣に座るドラグレスの規則正しい呼吸の音に耳を傾けていた。
満腹感と、寒さからすっかり隔離された極上の環境が、エリアルのまぶたを心地よい重さで押し下げてくる。
しかし、今はまだ眠りたくなかった。
言葉が通じるようになったこの奇跡のような時間を、一秒でも長く起きて味わっていたいという強い未練が、睡魔に抗う力を与えている。
ふと、ドラグレスがゆっくりと立ち上がり、部屋の奥にある窪みへと歩いていった。
少しの間ごそごそと何かを探す音が響き、やがて彼は片手を固く握りしめたまま戻ってくる。
彼はエリアルの正面に回ると、静かに片膝をつき、祈りを捧げるように姿勢を低くした。
「エリアル。言葉が通じなかった数日間、俺はお前を喜ばせるために様々な宝石や花をこの寝床に並べてきた。だが、俺が本当にお前に受け取ってほしかったものは、ただ一つだけだ」
ドラグレスの地を這うような低い声が、静まり返った空間に厳かに響く。
彼は握りしめていた大きな手のひらを、エリアルの目の前でゆっくりと開いた。
そこに乗せられていたのは、ただの宝石ではなかった。
透明な結晶の中に、生きた炎が封じ込められているかのように、内側から赤く脈打つ光を放つ雫型の石である。
炉の光を受けてきらめくその石は、周囲の空気をかすかに震わせるほどの強大な魔力を帯びていた。
「これは、竜の涙と呼ばれる結晶だ。我ら竜族が、生涯にただ一人と定めた魂の番にのみ贈る、己の命の半分とも言える証。これを身につけた者は、俺の加護を永遠に受け、どんな災厄からも守られる」
その言葉の重みに、エリアルは息を呑んだ。
彼がどれほどの覚悟を持ってこの石を差し出しているのかが、震える指先と、瞬きすら忘れた黄金の瞳から痛いほどに伝わってくる。
村で誰からも必要とされず、生贄として捨てられることだけが唯一の価値だった自分が、こんなにも美しく、強大な存在から命の半分を差し出されている。
にわかには信じがたい現実を前に、エリアルの視界が急速に涙で歪んでいく。
大粒の雫が頬を伝い落ちるのをみて、ドラグレスの眉間が悲痛な色に染まった。
「嫌ならば、無理にとは言わない。お前が俺を恐ろしい怪物だと思い、この巣から逃げ出したいと願うのであれば、俺は身を引き裂かれる思いで、お前を人間の里近くまで送り届けるつもりだ」
ドラグレスの言葉は震えており、彼がどれほどの恐怖を抱えてその提案を口にしているのかがわかった。
エリアルは強く首を横に振り、涙を袖口で乱暴に拭い去る。
そして、差し出された彼の手のひらに乗る赤い結晶ごと、その大きな手を両手でしっかりと包み込んだ。
「逃げません。私が帰る場所は、もうどこにもない……それに、私はもう、あなたの温もりを知ってしまったから。ここ以外の場所で生きていくことなんて、絶対にできない」
エリアルが真っ直ぐに彼の黄金の瞳を見つめ返してそう告げると、ドラグレスの顔に言葉にならない歓喜が爆発した。
彼は赤い結晶を革紐に通してエリアルの首にかけ、その柔らかな髪の毛ごと、小さな頭を己の広い胸に押し当てる。
首元に触れた結晶は驚くほど暖かく、まるで二つ目の心臓がそこにあるかのように、確かな鼓動を刻んでいた。
ドラグレスはエリアルの頭頂部に己の顎を乗せ、絞り出すような声で誓いを立てる。
「我が魂の番よ。俺のすべてはお前のものだ。この命が尽きるまで、お前だけを愛し、守り抜くと誓おう」
その言葉とともに、ドラグレスから放たれるαのフェロモンが、空間全体を甘く濃厚に満たしていく。
エリアルのΩとしての本能がそれに呼応し、身体の奥底から湧き上がる熱が、二人の境界線を溶かしていくように重なり合った。
エリアルは彼の背中に腕を回し、分厚い衣服越しに伝わる体温を全身で受け止める。
もはや言葉すら必要のない、揺るぎない魂の繋がりが、静かな洞窟の奥深くで確かに結ばれた瞬間だった。




