第9話 公開断罪
王立学院大講堂。
その場に足を踏み入れた瞬間、
私は悟った。
――逃げ場は、最初から用意されていなかった。
高い天井。
整然と並ぶ座席。
そして、視線。
生徒、教師、貴族、教会関係者。
学院に集えるすべての“正しき人々”。
私は、その中央に立たされていた。
ざわめきは、私が現れた瞬間に止んだ。
代わりに広がるのは、
期待と好奇心と、わずかな正義感。
「……アルテミシア=フォン=ルーヴェン」
呼ばれた名に、私は一歩前へ出る。
「はい」
声は、震えていなかった。
壇上には、王太子レオナルト=ルミナス。
その隣に、学院長。
さらに奥には、聖教会の枢機卿。
――役者は揃っている。
「本日は」
学院長が、厳かな声で告げる。
「王太子殿下の婚約者である、
アルテミシア=フォン=ルーヴェンに関する、
数々の訴えについて、確認を行う」
確認。
その言葉に、内心で苦笑した。
すでに、結論は出ている。
「まず第一に」
学院長の声が、講堂に響く。
「平民特待生エリナ=ミルフォードに対する、
度重なる精神的圧迫」
ざわり、と空気が揺れた。
「第二に、
魔法実習における不適切な叱責」
「第三に、
王太子殿下の名誉を損なう行為」
……名誉。
思わず、唇を噛みしめた。
どれも、
事実の一部を切り取った罪状だった。
「以上について、
弁明はありますか」
その問いが、
形だけのものであることは、誰の目にも明らかだった。
私は、ゆっくりと顔を上げる。
「弁明は、ありません」
ざわめきが、一気に広がった。
「……ほら」
「やっぱり……」
私は、続けた。
「私の行動は、すべて規則に基づいたものです」
視線が、鋭くなる。
「結果として、
不快に感じた者がいたのなら、
それは否定しません」
――だが。
「それが、罪であるとは思いません」
一瞬、
講堂が静まり返った。
「アルテミシア」
レオナルト殿下が、名を呼ぶ。
その声には、
迷いと、決意と、
そして逃げが混じっていた。
「君は……もう少し、
柔らかくなれたはずだ」
私は、彼を見た。
「殿下」
静かに、しかしはっきりと告げる。
「柔らかさで、
事故は防げません」
息を呑む音が、あちこちから聞こえた。
「柔らかさで、
規則は守れません」
殿下の顔が、わずかに歪む。
「私は、殿下の婚約者として、
正しい選択をしました」
それが、
あなたに嫌われる道であっても。
沈黙。
そして――
「……よって」
学院長が、宣告する。
「王太子殿下は、
本日をもって、
アルテミシア=フォン=ルーヴェンとの婚約を破棄する」
講堂が、どよめいた。
それを、
私は静かに受け止めた。
「また」
続く言葉が、
最後の刃だった。
「公爵家への処分として、
彼女は学院を去り、
一定期間、王都から離れるものとする」
追放。
その言葉が、
確かに告げられた。
私は、ゆっくりと頭を下げる。
「承知しました」
涙は、出なかった。
叫びもしなかった。
ただ――
胸の奥が、静かに燃えていた。
私は、悪役令嬢として断罪された。
だが。
この場で、
間違っていたのは、私だけではない。
講堂を出るとき、
誰一人、私に声をかけなかった。
ただ一人を除いて。
「……すまない」
レオナルト殿下の声。
私は、振り返らなかった。
「謝罪は、不要です」
それだけ告げて、歩き出す。
この瞬間、
私は理解していた。
ここで終わりではない。
これは――
断罪された悪役令嬢が、
本当の物語を始める、
ただの序章にすぎない。
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