↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された公爵令嬢は、完璧であることをやめました  作者: 月影 すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/128

第10話 追放の朝

 王都を発つ朝は、驚くほどあっけなかった。


 馬車は一台きり。随行は最低限で、見送りの列も、儀礼の一つもない。断罪された公爵令嬢への扱いとは、そういうものだった。


 私は窓枠に肘を置き、遠ざかっていく王都の街並みを目で追った。白い石畳、きれいに刈り込まれた街路樹。秩序と安定を絵にしたような、美しい都だ。


(……守ろうとしたもの)


 その一言が舌の上をよぎった。それでも、後悔は指先ほども湧いてこない。


「お嬢様」


 向かいに座るマリアンヌが、膝の上で手を重ねたまま声をかけてきた。


「体調はいかがですか」


「問題ありません」


 嘘ではなかった。一睡もできなかったはずの夜が明けたのに、頭の芯は冷たく澄み、窓の外の輪郭までくっきりと見える。覚悟とはこういうものらしい、と他人事のように思った。


 馬車が城門を抜ける。その瞬間、纏わりついていた空気の質が変わった。肩にのしかかっていた重さが、ふっと抜け落ちる。


(……ああ)


 私はずっと息を詰めて生きていたのだ、と初めて気づいた。ゆっくりと吐き出すと、喉の奥まで冷たい風が届いた。


 街道を進むほどに景色はほどけていく。石畳の道が土に変わり、車輪の音が鈍くなる。窓の隙間から、草と土の匂いが濃く流れ込んできた。


「辺境伯領までは、あと半日ほどです」


 護衛が馬上から、必要なことだけを短く告げた。


 辺境。王都から遠く、政治の中心からも外れた土地。中央の魔力の核に頼らず、細々と自前で灯りを保っていると聞く、あの辺境伯領。治めるのは、結果でしか人を測らぬ変わり者――カイル=ヴァルディスという名を、社交界の噂の端で拾ったことがある。かつての私は、そこを「秩序の行き届かない場所」と決めつけていた。


(傲慢だったわね)


 膝の上で指を組み直す。秩序は中央から降ってくるものではない。それを守ろうとする者がいて、はじめて土地に根づく。今の私は、それを頭でなく肌で知りつつあった。


 昼を過ぎたころ、馬車は小さな集落の前で止まった。石造りでも豪奢でもない、ただ手入れの行き届いた家並みが、妙に落ち着いて見える。


「ここで少し休憩を」


 地を踏んだ足の裏に、王都とは違う土の感触が伝わる。顔を上げて、私は気づいた。向けられる視線が違う。


 恐れでも、好奇でもない。ただの警戒。それでいて、刃のような敵意は含んでいない。


(……久しぶりね)


 値踏みされる前の目。役割を先に貼りつけてこない空気。喉の奥が、知らないうちに緩んでいた。


 井戸端で水を汲んでいた子どもが、桶を抱えたまま私を見上げた。


「……きれいな人」


 マリアンヌが、はっと目を見開く。私のほうは、気づけば口元をほどいていた。


「ありがとう」


 それだけで、子どもは耳まで赤くして駆けていった。ここでは肩書きが通じない。その一事が、指先の冷たさをほんの少しだけ溶かした。


 再び馬車へ乗り込む。窓の向こう、地平の際に薄青い山並みが現れはじめていた。


「お嬢様」


 マリアンヌが、言葉を選ぶように間を置いてから口を開く。


「これから……どうなさいますか」


 私は山並みから目を離さずに答えた。


「生きます」


 声は自分でも意外なほど落ち着いていた。


「正しく、生きます」


 地位も、名誉も、婚約も、王都に置いてきた。奪われたものを数えれば切りがない。それでも、まだ手元に残っているものがある。判断力と、理性と――自分で自分を選ぶ意思。断罪された私に残された、たった一つの自由だ。


 馬車は、さらに辺境の奥へと車輪を進めていく。


 これは敗走ではない。悪役令嬢が、他人に決めさせた自分を降りて、自分の足で歩き直すための一歩目だ。

王都を出た瞬間、アルテミシアの肩から力が抜けるのを書きながら、私までつられて息を吐いていました。

井戸端の子に「きれいな人」と言われて、つい口元をほどく彼女。


肩書きの通じない場所で、やっと素の顔が出せたようで、書いていて嬉しかったです。


彼女の歩き直し、隣で見ていってもらえたら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。