第89話 速さの影
二週目に入ると、変化ははっきりと形になった。書簡は朝に届き、昼に追加が来て、夜には修正が入る。連合という組織は、とにかく速い。そしてその速さは、受け取る側にも連鎖していった。
「代表殿」
いつの間にか、その呼び名が広場の日常になっていた。
まとめ役の男が広場に立つ時間は、目に見えて減った。倉庫や畑ではなく、机の前で書類に向かう時間が増えていく。
「南の配分は?」
誰かが問う。男は顔を上げないまま答えた。
「今は後だ。連合の会議資料をまとめる」
悪い判断ではない。ただ、優先されるものの順番が、少しずつ入れ替わっていった。
三日後。代表者会議から戻った男の目は、うっすらと赤かった。
「どうだった」
レオンが問う。男はしばらく黙ってから、低く口を開いた。
「合理的だ」一度言葉を切って、「だが、冷たい」
会議の場で、町は“単位”として扱われたのだという。名前ではなく、数。物資量、応答時間、防衛貢献度──何もかもが数字に置き換えられていた。
「即応性が評価された」
「だから?」
「次回は増量を求められた」
広場にざわめきが走る。
「断れるのか」
「断れる」男はいったん言葉を切り、それから続けた。「だが、立場は弱くなる」
選択はいつでも残されている。ただ、そのどれにも代償がついて回った。
夜。焚き火のそばで、マルタがぽつりと言った。
「守られてる実感はある」
「ええ」私は炎を見たまま応じた。
「でも……町が遠い」
彼女の言葉は正確だった。代表は確かに町を守っている。だが、その男はもう、町の中心にはいなかった。
三週目。連合から防衛要請が届いた。人員の派遣だという。
「出すか」
男の返事は即断だった。
「出す」
若者が二人、連合へと向かう。見送る家族の、こわばった横顔。速さは、人の感情が追いつくのを待ってはくれない。
「これが守りだ」
誰かが言った。守りというものは、必ず何かを削って成り立つ。その事実を、私は焚き火の向こうで静かに噛みしめていた。
四週目。まとめ役の男が、初めて声を荒げた。
「今は無理だ」
連合への返書を前に、彼は机を叩いた。乾いた音が響き、広場が一瞬で静まる。
「大丈夫か」
レオンが問う。
「平気だ」
以前と同じ言葉。だが、その声は以前より硬かった。
夜。焚き火の炎が揺れる。
「速いな」
誰かが呟く。
「速い」
「でも、何かが減っている」
否定する者は、誰もいなかった。
三か月のうち、一か月が過ぎた。町は、確かに守られている。けれど代表の背中は日ごとに机へ張りつき、広場には出ていった若者の席が二つ、空いたままだった。速さが落とす影は、次の会議で待つ増量要求とともに、これから確実に長くなっていく。
守られている、と書くほど、広場の空いた二つの席が私には重く見えてきました。
速さって便利なのに、感情が追いつく前に人を運んでいってしまう。
焚き火の向こうで黙るアルテミシアの横顔を、今日はうまく書けた気がします。
数字にされた町の話、しんどい回でしたが好きな回です。




