↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された公爵令嬢は、完璧であることをやめました  作者: 月影 すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/128

第88話 三か月の重さ

 集中は、すぐには目に見えない。けれど形だけは、確実に変わっていく。


 三か月の初日。まとめ役の男の前に、連合の標章が置かれた。掌に収まるほどの小さな金属の印。それがひとつ卓に載っただけで、彼を見る周囲の目つきが変わった。


「代表殿」


 連合からの書簡は、そんな一行で始まっていた。読み上げられた呼び名に、広場の話し声が一拍だけ途切れる。


「期間限定だ」


 男は口の端を曲げて笑ってみせた。それでも、書簡の宛名の文字は消えてはくれない。


 中身は防衛状況の報告、近隣都市の動向、兵站の調整。どれも具体的で、目を通すだけで肩に重みが残るような文面だった。


「即断が必要な場合は、あなたの判断で」


 結びは、拍子抜けするほど簡潔だった。即断、というひと言が、卓を囲む空気をきゅっと締める。


 私は横から紙面を追った。条文は整っていて、逃げ道になりそうな一文はどこにもない。


「何かあれば、俺が決める」


 男が言うと、脇から声が上がった。


「三人確認は」


「防衛だけは除外だ」


 返事は静かで、迷いがなかった。集中は、まず防衛から始まった。


 二日目。連合から緊急の報せが飛び込んでくる。外縁部での小競り合い、支援物資の即時供給要請。


「どうする」


 問いは誰の口からも、まっすぐ男へ向かう。彼はしばらく黙って書面を睨んだ。時間はない。


「出す」


 決断はそれだけだった。物資が積まれ、人が走り、いつもの三人確認は飛ばされる。速い。確かに、目を見張るほど速かった。


「これが集中だ」


 マルタが満足げに顎を上げる。私は何も返さなかった。


 三日目、連合から感謝状が届く。迅速な対応に敬意を表す──そう記された紙が広場に回ると、人々の表情がわずかにほどけた。


「正しかったな」


 誰かがそう漏らす。


 四日目。書簡は夜遅くまで途切れなかった。報告、確認、指示。処理を終える端から、次の一通が卓に積まれていく。まとめ役の男の窓の灯りは、いつまで経っても落ちなかった。


「疲れている」


 レオンが声を落として言う。


「まだ四日だ」


 私はそれだけ答えた。


 五日目、連合評議会から招集がかかる。三日後、代表者会議。


「行くのか」


「行く」


 即答だった。町の内政はひとまず三人で回す。ただし最終の名義は、変わらず彼ひとりに残る。


 六日目。男の声が、心なしか低くなっていた。決断は相変わらず速い。速いぶんだけ、一つひとつが重い。「問題ない」――その口癖を、彼は日に何度も繰り返すようになった。


 七日目。広場で子どもが転んで泣いた。以前の彼なら真っ先に駆け寄っていた。今日は書簡から顔を上げず、指先はそのまま次の一枚をめくっている。小さな変化だが、見間違いようもなく確かだった。


 夜。焚き火の炎が風に揺れる。


「やっぱり速いな」


 誰かの声に、私は火を見つめたまま頷いた。


「速い」


「だが、重い」


 レオンが低く言い足す。


 こうして三か月の初週が終わった。町は守られている。速く、無駄なく。ただ、まとめ役の男の窓の灯りは、この七日のあいだ一度も消えなかった。その疲れを抱えたまま、彼はもう明後日には代表者会議へ発つ。

速い、だが重い。

書いている私がいちばん、あの消えない窓の灯りが気になっていました。


以前なら真っ先に駆け寄った人が、子どもの泣き声に顔を上げない。

その一コマだけで胸がきゅっとします。


よければ★の評価、そっと置いていってもらえたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。