第71話 外から来た人
昼前、見慣れない影が町の入口に立っていた。背筋の伸びた男で、装いは質素だが布の質が違う。荷は少ない。それでいて視線だけは鋭く、町の空気を一瞬で測る目をしていた。
「こちらが、例の町で間違いありませんね」
穏やかな声だった。それでいて、曖昧な返事を許さない響きがある。
近くにいた若者が応じた。
「ええ、そうです」
「本日は、物資交換の件で伺いました。責任者の方はいらっしゃいますか?」
一拍、空気がわずかに止まった。
「……責任者、というと」
若者が笑う。誤魔化すつもりではなく、ただ説明の仕方を探しているのだ。
「うちは、その日の判断はその日の者が……」
「つまり、代表者は固定されていない、と」
男は即座にそう整理した。
周囲の何人かが集まり始める。調整役の男も足を止め、視線が自然と彼へ向いた。だが、彼は一歩も前に出ない。
「本日は、どなたが窓口でしょうか」
穏やかな問いが、それでも選択を迫ってくる。
「……今日は、私が」
調整役の男が口を開いた。昨日までと違うのは、自然に前へ出たわけではないことだ。誰かに押し出されたのでもない。ただ、皆が彼へ視線を向けた。
「ありがとうございます」
使者は軽く会釈し、「では、条件を確認させていただきます」と言って巻物を開いた。
「小麦二十袋。交換は三日以内。不履行の場合、次回取引は保留」
「三日……」
男がわずかに口ごもる。背後で何人かが小声の相談を始めた。
「こちらとしては、継続的な取引を前提にしています」使者は続ける。「そのため、責任の所在を明確にしたい」
言葉の重みで、その場の空気が沈んだ。“責任の所在”――この町ではほとんど口にされない言い回しだった。
「こちらでは、判断は分散していまして」調整役の男が言う。「私一人で決めるわけではなく」
「理解します」使者は頷いた。「ですが、契約上は名を記す必要があります」
沈黙が落ちる。周囲の人々が男を見た。その視線は責めていない。だが、逃げ場もなかった。
少し離れた場所で、私はそれを眺めていた。分散は、内部でならきちんと機能する。けれど外から来た者は“名前”を求める。
「……私の名で」
男の声は落ち着いていた。「本日は、私が受けます」
炭の線が巻物の上を走り、一つの責任をかたちにする。
使者は満足そうに巻物を閉じ、「では、三日後に」と会釈して去っていった。
男は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「……三日、か」
呟きは、耳を澄まさねば拾えないほど小さい。
「大丈夫だよ」「何とかなる」
周囲がそう口々に言う。励ましではあったが、どこか軽く響いた。
レオンは遠くからそれを見ていた。何も言わない。ただ、その目だけは硬かった。
分散は、外から見れば“曖昧”に映る。曖昧さは信頼にならない。だから名前が要る――私は口の中でそう確かめた。
町は今日も壊れない。けれど、一つの名が一つの責任を背負った。三日後、あの使者はまた同じ問いを携えて戻ってくる。そのとき誰が巻物に名を記すのか、それはまだ、この町の誰にも決まっていなかった。
外から来た人の視線ひとつで、町の「みんなでなんとなく」が急にぐらつく回でした。
名前を書くって、こんなに重たかったっけ。
押し出される形で前に出た彼の「……三日、か」という呟きが、書いていて妙に胸に残っています。
理屈っぽい回に付き合ってくれるあなたが、私は好きです。




