第64話 中心を持たないために
朝の広場に、小さな円ができていた。昨日、自分たちで判断をした者たちだ。倉庫番の男、炊き出しを手伝っていた女、水路を見ていた若者――顔ぶれはばらばらだった。
「……昨日みたいに、今日もそれぞれ決める?」
誰かが控えめに切り出す。主導権を握るつもりはない、とわかる声だった。
「いや」別の声が短く遮った。「昨日は、たまたまだ」
それも正しい。議論は長引かず、けれど結論も出ない。皆、探っていた。“誰が決めるか”ではなく、“どう決めるか”を。
私は少し離れた場所から、その円を眺めていた。口は出さない。視線も合わせない。この段階で私が関われば、また中心が生まれてしまう。
「……じゃあ」倉庫番の男が、言葉を選びながら口を開いた。「今日のことは、今日いる人で決めよう」
即席の、完璧とは言えない案だ。
「それ、昨日と何が違う?」若者が突っ込む。
「……違わないな」男の口から苦笑が漏れた。
それでも、動きは始まる。炊き出しの量、修繕の優先順位、水の配分。小さな判断を、小さな単位で行っていく。結果はまちまちだった。うまくいったものもあれば、やり直しが必要なものもある。混乱も、少しあった。
「……やっぱり、誰か一人いた方が楽だな」
ぽつりとこぼれた本音を、誰も否定しなかった。
昼。炊き出しは予定より遅れた。
「ごめん」
「いや、仕方ない」
謝罪と理解が交差する。怒りはない。だが空腹は誤魔化せず、子どもが不機嫌になり、老人が椅子に座り込んだ。
レオンは、少し離れた場所からその様子を見ていた。声をかけない。手も出さない。それが彼なりの努力だった。何度か口を開きかけては、閉じる。彼もまた、学んでいるのだ。
午後。一つの判断が衝突を生んだ。
「水は、こっちを優先すべきだ」
「いや、あっちが先だ」
声を荒らげる者はいない。だが意見は割れる。最終的に折衷案へ落ち着き、どちらも少しだけ不満を残した。それでも――誰か一人が責められることはない。
その様子を見て、私は確信した。これは、未完成でいい。完成させようとすれば、また中心が必要になる。
夕方。人々は、昨日より確実に疲れていた。だが顔つきは少し違う。自分で決めた疲れだ。
「……今日は、大変だったな」
「でも、全部人任せじゃなかった」
その言葉が、小さく残った。
レオンは、誰にも囲まれていなかった。孤立ではない。分散だ。私は彼と目を合わせた。一瞬。彼は何も言わない。だが、その沈黙は昨日までとは違っていた。
夜。焚き火の数は減っていた。疲れたからだ。それは、悪い兆候ではない。
中心を持たないということは、楽をしないということだ。遅くなり、不格好になり、時に遠回りになる。それでも、誰か一人が潰れるよりは、ずっといい。
この町は、今日も壊れない。だが、昨日より少しだけ頼りない。そして――少しだけ強い。
今日は派手な事件のない、静かで少し理屈っぽい回でした。
「誰か一人いた方が楽」ってこぼす気持ち、私もすごくわかるんです。
それでも遅くて不格好な町をコツコツ書くのが、なぜか楽しくて。
「全部人任せじゃなかった」の一言、書きながらちょっと嬉しくなりました。
ここまで一緒に眺めてくださるあなたが、私は好きです。




