↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された公爵令嬢は、完璧であることをやめました  作者: 月影 すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/128

第65話 勝たない終わり方

 朝は、少し遅れて始まった。誰も急かさなかった。急かす役割を担う者が、いなかったからだ。


 広場には、自然と人が集まってきた。集会と呼ぶほど整ってはいない。立ち話がいくつも重なり、そのまま輪になっただけだ。


「……昨日は、正直きつかったよ」


 誰かがこぼした。すぐに否定する声は、上がらない。


「うん」

「遅かったしな」

「無駄もあった」


 次々と本音が転がり出る。責める口調ではない。同じ疲れを分け合うような言い方だった。


「でも」


 倉庫番の男が、太い腕を組んで続ける。


「全部、誰か一人の判断じゃなかった」


 その一言に、多くの者が静かに頷いた。


「昨日みたいなのが毎日だと、こっちの身が持たないな」


「でも、前に戻すのも違う気がする」


 意見は割れた。それでも、声を荒げる者はいない。


 私は、輪の外に立っていた。呼ばれてはいない。それでよかった。ここで私が輪に入れば、話は私を中心に回り出す。


 レオンも、同じだけの距離を取っていた。一歩も前に出ず、人々の言葉に耳を傾けている。前に出ないこと自体が、彼の選んだ答えだった。


「……じゃあ」


 炊き出しの鍋をかき混ぜていた女が、手を止めずに口を開く。


「全部を、一人に戻さない」


 短い。だが、輪郭のはっきりした言葉だった。


「代わりに」


 若者が引き取る。


「今日は、誰が決めるかを、その都度決めよう」


 完璧な案ではない。それでも、地に足のついた案だった。


「昨日よりは、ましだ」


 誰かが小さく笑った。それだけで、場の強張りがほどけていく。


 決まったのは、一つだけ。誰か一人に集めない。それ以外は、曖昧なまま残された。


 私は、静かに息を吐いた。これは勝利ではない。私の思想が通ったわけでもない。


 昼。人の動きは、昨日より少しだけ早い。相変わらず段取りは悪い。だが、止まらない。


 レオンは、判断を求められる場面で一歩下がった。


「……今日は、俺じゃない方がいい」


 短く言い置いて、列の後ろへ回る。その一言だけで、周りの空気がわずかに動いた。戸惑う顔もある。だが、誰も拒みはしない。決める役が、別の手へ移っただけのことだ。


 夕方。焚き火のそばで、人々は肩を落としていた。疲れている。それでも、誰か一人の顔色をうかがう者は、もういない。


 私は、少し離れた場所からそれを眺めた。ここに正解はない。だが――敗者もいない。


 ふと、レオンがこちらへ目を向けた。ほんの一瞬。言葉はない。それでも、その視線は昨日までとは違って見えた。彼の肩にかかっていた重さが、少しだけ、あちこちへ散らばっている。


 夜。町は、いつも通り静かだった。だが、もう中心はない。誰か一人が抜けても、すぐには崩れない形になりつつある。


 私は、空を見上げた。勝たない終わり方。物語としては、少しも派手ではない。だが、現実にはずっと近い。


 何かを打ち倒したわけではない。何かを完全に解決したわけでもない。ただ――一人に背負わせない、という選択だけが残った。


 それで、十分だった。少なくとも、この章では。


 町は、まだ未完成だ。人も、迷う。だが、その迷いは、もう誰か一人だけのものではない。


 私は、歩き出した。次に必要なのは、正しさでも答えでもない。この不完全な形と、どう並んで生きていくかだ。それが、次の章の問いになる。

派手に勝つ回を書くのは、実は簡単なんです。

でも今日は、誰も勝たず誰も負けない終わり方。


輪の外に黙って立つアルテミシアの背中を書きながら、私はこの地味さがどうしようもなく好きだな、と思いました。


ここまで並んで歩いてくださって、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。