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断罪された公爵令嬢は、完璧であることをやめました  作者: 月影 すずり


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第43話 揉めない共同体

 町は、拍子抜けするほど静かだった。


 活気がないわけではない。人は絶えず行き交い、店先には品物が並び、どの戸口も開け放たれている。ただ、声が荒れていない。往来のどこにも、言い争う響きがなかった。


 広場では、数人が車座になって話していた。農地の配分、水路の補修、足りない人手。どれも本来なら顔を突き合わせて揉める話題のはずだ。


「……じゃあ、今回はこの形で」


 ひとりの男が、区切りをつけるように言った。反論は出ない。うなずきが、波紋のようにゆっくりと車座へ広がっていく。


 私は少し離れた木陰から、その様子を眺めていた。司会役もいない。議長席もない。それでいて、中心がどこにあるのかははっきりしていた。


 男は声を張り上げるわけでも、拳を突き出して主張するわけでもない。ただ、迷わなかった。言葉に淀みがなく、次の一言までの間が短い。それだけで、場は勝手に落ち着いていく。


「揉めないんですね」


 いつのまにか隣に立っていた年配の女性が、目尻に皺を寄せて笑った。


「ええ」


 私は短く肯定した。


「いつも、こうなのですか」


「だいたいは」


 女性は、わずかに胸を張った。


「前は、決まるまで何日もかかってたんですよ。それが、ねえ」


 良くなった。その一言に、彼女の誇らしさが滲んでいた。


「……誰が、まとめているのですか」


 私が尋ねると、女性は首をかしげた。


「誰、と言われてもねえ」


 しばらく宙を見てから、彼女は車座の方へあごをしゃくった。


「……あの人、かしら」


 視線の先で、さきほど話をまとめていた男が、別の集まりでも同じように頷かれていた。女性の口から名前は出てこなかった。けれど、それで困っている様子もない。この町では、名前を覚えていることより、あの男がいるという安心の方が先に立つらしかった。


 昼になって、簡素な食堂の隅に腰を下ろした。給仕の合間に、客たちの話が耳に入る。


「ここは、早いよ。決まるのが」


 若い男が、器を掻き込みながら言った。


「それって、大丈夫なの?」


 向かいの客が、冗談めかして肩をすくめる。


「大丈夫だろ。今まで、問題は起きてない」


 即答だった。その言葉に、誰も箸を止めない。疑問を挟む者もいない。


 食事を終え、私は町を歩いた。整備された道。無駄のない家並みの配置。効率的でありながら、息が詰まるほど窮屈でもない。少なくとも、表面をなぞる限りは。


 夕方、小さな集会所の前に人だかりができていた。


「……今日は、どうする?」


 誰かが問う。例の男が、瞬きふたつぶんだけ黙り、それから口を開いた。


「このままでいい」


 その一言で、皆が一斉に散り、それぞれの持ち場へ動き出す。説明はない。理由もない。それでいて、誰の足取りにも迷いがなかった。


 その光景を見送りながら、私は喉の奥に小さな引っかかりを覚えた。誰も間違っていない。誰も何かを押しつけてはいない。それなのに、反対する余地が、最初から場のどこにも用意されていなかった。


 宿へ戻る途中、子どもたちが路地を走り抜けていった。甲高い笑い声が、夕闇に散っていく。平和だ。今のところは、確かに。


 夜。部屋の灯りを細く落とし、私は窓の外に沈んだ町を見下ろした。この町は、確かに回っている。しかも、驚くほど滑らかに。


(……だからこそ)


 指先が、無意識に窓枠を撫でていた。問題が起きていない場所ほど、疑う理由は見つからない。そして疑われない場所ほど、その中心は静かに太っていく。誰にも咎められないまま。


 私はまだ、あの男に声をかけていない。かける理由も、いまはない。ただ、明日もこの町にとどまって、あの「迷わない誰か」が次の何を「このままでいい」と決めるのかを、もう一日だけ見ておくつもりだった。


 正しさの物差しを失った場所で、人々が自分たちの手で選び取った一人の男。その選択が、どこまで揉めずに済むのか――奥歯を軽く噛みしめて、私は灯りを消した。

揉めない町、というのは書いていて妙に落ち着かないものでした。

誰も間違っていないのに、なぜか肩がこわばる。

アルテミシアが覚えた喉の引っかかりは、たぶん私の引っかかりでもあります。


彼女、今日はまだ男に声をかけずにぐっと我慢しました。

えらい。


「もう一日だけ」に付き合ってくださる方は、そっと覗きに来てもらえたら嬉しいです。

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