第37話 離れた正しさ
北部第七領の外れに、小さな調整所がある。連合から正式に離脱した領の一つで、看板には新しい紋章が掲げられていた。
――自立。
そう名付けられた、新体制だ。
調整所の中では、若い技術者たちが忙しなく動いていた。
「循環値、上昇傾向です」
「許容範囲内だ。予定通り進めよう」
指示は簡潔で、迷いがない。それがこの場所の強さでもあり、危うさでもあった。
「……視察ですか」
責任者の青年は、私を見ると肩をわずかに硬くした。
「助言は、必要ありません」
先手を打つように、そう言われる。
「ええ」
私は即座に頷いた。
「今日は、見に来ただけです」
嘘ではなかった。調整所を回りながら、私は口を閉じたまま観測した。
装置は効率的に組み直されている。連合時代よりも判断が早い。誰かが倒れれば即座に切り捨てる、その判断もできる。冷たいが、合理的だ。
「……ここでは、迷いません」
青年が、誇るように顎を上げた。
「迷っている間に、誰かが困る」
その言葉は間違っていない。私は何も返さなかった。
午後。調整所の裏手で、一人の女性が木箱を運んでいた。見覚えのある顔に、私は足を止める。
「……マルタ?」
声をかけると、彼女は肩を跳ねさせて振り返った。
「あ……」
一瞬、言葉に詰まる。
「こちらで、働いているのですか」
「……ええ」
短い答え。その表情は、以前より引き締まっていた。
「連合の時より、忙しいです」
愚痴の響きはなかった。
「でも」
彼女は木箱を抱え直し、少しだけ言葉を探す。
「ここでは、自分が選ばれています」
選ばれている。その一言が、喉の奥にひっかかった。
ここでは、不要な者は最初から呼ばれない。だから選ばれた者は、確かに居場所を持てる。
「……後悔は?」
私は静かに尋ねた。マルタは少し考えてから答える。
「あります」
即答だった。
「でも」
彼女は続ける。
「分かりやすいです」
連合では、選ばれなかった理由が見えなかった。ここでは、理由がはっきりしている。それが救いになる人間もいる。
夕方。責任者の青年が、私に言った。
「連合に戻るつもりは、ありません」
「ええ」
私は否定しない。
「ここは、ここなりに回っています」
数字も、現場も。
「ただ」
彼は一瞬だけ視線を逸らした。
「失敗した時は、逃げ場がない」
それもまた事実だった。
帰り道。私は一人で歩いた。
連合に残った領。離れた領。どちらも正しさを選んでいる。ただ、優先順位が違うだけだ。
私はどちらも否定しない。否定できない。そして――統一もしない。それが私の役割だ。
夜。拠点に戻り、マリアンヌに報告する。
「どうでしたか」
「……生きています」
それだけ答えた。良いとも、悪いとも言えない。だが、確かに生きている。
世界は、正しさが分かれたまま進んでいる。それでいい。少なくとも、今は。
完璧であることをやめた私は、今日もまた、一つにまとめない選択をした。
今日は「正解が二つある」回。
どちらも正しいって、実は書くのが一番むずかしいんです。
つい一つにまとめたくなる私を、アルテミシアが「しない」と止めてくる。
マルタの“分かりやすいです”という一言が、書きながらいちばん胸に残りました。




