↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された公爵令嬢は、完璧であることをやめました  作者: 月影 すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/128

第35話 裁定を求める声

 要請は、静かに、しかし確実に増えていった。最初は個別の相談という形だった。


「この判断は、連合の思想に沿っていますか?」


「我々の対応は、正しかったのでしょうか?」


 どれも“確認”の体裁をまとっていた。だが言葉の下から透けて見えるものは、いつも同じだった。決めてほしい――そう書いてある。


 書類の束が机の上に積まれていく。私は一枚ずつ指で繰り、目を通した。判断の経緯があり、数値があり、代替案が添えられている。どれも論理として破綻していない。破綻していないからこそ否定できず、否定できないから、私の口からも答えは出せなかった。


「……アルテミシア様」


 マリアンヌが、言葉を選ぶように口を開いた。


「最近、皆の視線が……」


「分かっています」


 私は書類から目を上げずに答えた。あの視線が何を意味するのかは、とうに知っていた。あれは期待だ。抱えきれない不安を代わりに引き受けてくれる誰かを、皆が探している。そして都合の悪いことに、この場で“正しかった人間”は、私だった。


 午後、臨時の集会が開かれた。議題は北部第七領の件、その再発防止策についてだった。


「今後、夜間医療供給をどの程度確保すべきか」


 議長がそう切り出し、数字が卓上に並べられる。効率と安定性のバランス。議論は同じ場所をぐるぐると回り、煮詰まっていった。


 やがて、視線が一斉にこちらへ向いた。


「……あなたは、どう思いますか」


 その一言で、場が静まり返る。私はゆっくりと息を吸った。この瞬間が来ることは、椅子に腰を下ろしたときから分かっていた。


「私は、判断しません」


 はっきりと言い切ると、部屋の端でざわめきが起きた。


「ですが」


 私は続けた。


「判断の材料は、すべて共有します」


 手にした資料を、机の中央へ滑らせる。


「夜間対応を維持した場合の負荷」「縮小した場合のリスク」「第三の案」――紙を一枚ずつ、指先で押し出した。


「選ぶのは、各領です」


 逃げではなかった。ここへ来てから私が選び続けてきた、ただ一つの立場だ。


「……それでは、責任が分散しすぎます」


 誰かが低く言った。


「誰も、決めきれなくなる」


「ええ」


 私は否定しなかった。


「だから、決める人間が必要だと――皆さんはそう思っている」


 視線が、いっそう私に集まる。私は椅子から立ち、一歩だけ前に出た。


「ですが、それを私が引き受けた瞬間、連合は終わります」


 重い沈黙が落ちた。


「正しさは、一人の人間に集めてはいけない。集めた瞬間、誰かは“考えなくてよくなる”のです」


 それは、王都で私が見てきたことだった。喉の奥で、その記憶が一度だけ疼いた。


「……では、どうすればいいのです」


 問いかけた声は、疲れ切っていた。私はその声を、まっすぐ受け止めた。


「悩み続けてください」


 言えることは、それしかなかった。


「迷うことを、やめないでください」


 完璧な判断など、どこにもない。ないからこそ、判断を誰かに預けてはいけないのだ。


 集会は、重い空気を引きずったまま終わった。誰も納得してはいない。それでいて、反論の声も上がらなかった。その静けさこそが、一番危うかった。


 夜。私は一人で廊下を歩いた。背後から、抑えた声が追いかけてくる。


「……やはり、彼女しかいないのでは」


「でも、断られた」


「それでも……」


 私は足を止めなかった。振り返りもしなかった。振り返れば、その瞬間に私は“裁定者”になってしまう。


 部屋に戻り、椅子に腰を下ろす。抜けていた力が、一気に戻ってきて肩にのしかかった。


 拒否するだけでは、もう足りない。あの声が廊下に残っているうちは、私は繰り返し同じ問いに引き戻される。いずれもっとはっきりと、拒絶しなければならないのだろう。その一言が、連合を割る。分かっている。それでも私は、誰かの代わりに決めないという選択を、選ぶしかなかった。

「決めてほしい」と差し出される椅子を、アルテミシアはまた静かに蹴り返しました。

楽な側へ一歩も動いてくれないので、書いている私は毎回ひやひやします。


それでも「悩み続けてください」って、突き放すようでいて一番誠実な返事ですよね。


今日はちょっと理屈っぽい回。

ここまで付き合ってくださるあなたに、こっそり感謝を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。