第22話 王都の最後通牒
王城・円卓会議室。
再び同じ顔ぶれが、この場所に集められていた。だが、卓を囲む空気は前回とまるで違う。誰もが浅く息をつき、指先で卓の縁を叩く者もいる。焦りと苛立ち、そして追い詰められた者特有の硬さが、部屋の隅々まで張り詰めていた。
「……連合からの条件は、以上です」
報告役の官僚が、手元の書面から目を上げずに読み上げる。声だけは淡々としていた。
「聖女制度の廃止。主流魔力路の縮小。そして、聖女本人の意思の尊重」
最後の一文を読み終えた瞬間、枢機卿が机を叩いた。乾いた音が、円卓を渡っていく。
「論外だ」
低く、しかしはっきりとした声だった。
「聖女は、国家の柱だ。制度を壊せば、国は立たん」
「……その柱が、人を壊しているのなら?」
官僚の一人が、言葉を選びながら慎重に返す。
「壊れているのは、人の方だ」
枢機卿は、間を置かずに言い切った。会議室に短い沈黙が落ちる。埋めようのない、価値観の断絶だった。
「王都は、奇跡を失えない」
別の貴族が、卓に身を乗り出して言う。
「民は、聖女を求めている」
「だが、その“奇跡”が、いつまで持つ?」
財務官が、数字の並んだ紙を卓に滑らせた。
「次に同じことが起きれば、聖女は……」
「その時は、その時だ。代替を探す」
枢機卿の声に、躊躇はなかった。代替、という言葉に、卓の何人かが目を伏せる。人を部品のように数える発想が、口にされたまま宙に残った。
「……殿下」
老貴族が、王太子レオナルトへ視線を向ける。
「ご判断を」
すべての視線が、一点に集まった。
レオナルトは、ゆっくりと立ち上がる。喉の奥が乾いて、言葉が重い。何かが軋んでいた。だが、彼は王太子だった。
「連合の条件は、国家の統治権を脅かす。受け入れることは、できない」
その言葉は、口にする彼自身をも縛るものだった。会議室に、安堵と緊張が同時に広がる。
「よって」
レオナルトは、なお続けた。
「王都は、連合の提案を拒否する」
正式な宣言であり、同時に選択の確定だった。
「聖女の保護と運用は、引き続き、王都と教会が担う」
誰も、異を唱えなかった。唱えられなかった。結論は最初から決まっていて、会議はごく短時間で終わった。
その夜。王城の奥で、エリナは再び祈りの場に立たされていた。
「……聖女様」
司祭の声は、いつもより低い。
「連合の救済は、条件が合わず、見送られました」
見送られた。その一言で、エリナはすべてを理解した。選ばれなかったのは私ではなく、制度の方だ。
「ですが」
司祭は、声を柔らかく続ける。
「王都は、あなたを守ります」
守る、という言葉に、指先の先まで冷えた。守る――壊れるまで?
「さあ」
司祭が、手を差し出す。
「今宵も、王都のために」
エリナは、一歩、後ずさった。初めてのことだった。本当に、初めて。頭で考えるより先に、身体が拒否していた。
「……できません」
声が震える。司祭の表情が、一瞬だけ硬くなった。
「聖女様?」
「……もう」
エリナは、こみ上げる涙を奥歯で噛み殺しながら言った。
「もう、無理です」
沈黙。次の瞬間。
「それは、お困りになります」
司祭の声から、優しさが消えた。王都は選んだのだ。人ではなく、仕組みを。
差し出された手は引かれないまま、司祭の指がわずかに動く。呼ぶべき者の名を、その口が形づくろうとしていた。
今日はアルテミシアの出ない回。
代わりに、聖女エリナが生まれて初めて「もう、無理です」と後ずさりました。
あの一言を書くとき、私もつられて少し息を止めていました。
人ではなく仕組みを守る、という冷たさを描きたかった回です。
エリナ、よく言えたね、と思っています。




