第21話 条件付きの救済
連合会議は、夜明け前に始まった。
石造りの簡素な会議室に、豪奢な調度品も格式ばった装飾もない。長机に広げられているのは地図と、数字を書き連ねた紙の束だけだ。ランプの灯が、居並ぶ者たちの硬い横顔を照らしている。
「王都から、正式な要請は?」
私の問いに、カイル=ヴァルディスが首を横に振った。
「ない」
短い答えだった。彼は一拍おいて、地図の上で指を止める。
「だが、聖女が限界だという情報は、間違いなく王都にも届いている」
誰かが椅子を鳴らした。室内の空気が、目に見えて重くなる。ここにいる誰ひとり、聖女を見捨てたいわけではない。それでいて、王都のやり方に戻る気もない。その板挟みが、卓を囲む沈黙に滲んでいた。
「……助ける方法はある」
私がそう言うと、いくつもの視線がいっせいにこちらへ向いた。
「ただし、無条件ではありません」
誰も驚かなかった。それが、ここに集まった者たちの共通認識だったからだ。
「第一条件」
指を一本立てる。
「聖女を、国家資源として扱う制度を廃止すること」
卓の端で、誰かが息を呑んだ。
「彼女は、人です。装置ではありません」
反論は出なかった。皆、視線を落としたまま黙っている。
「第二条件」
指を、もう一本。
「王都主導の主流魔力路を、即時縮小・再編すること」
「それは……」
言いかけた声が、途中で途切れる。言葉を飲み込むのが、喉の動きで分かった。
「分かっています」
私は先回りして頷いた。
「王都は、不安定になります。――でも、すでに安定している“ふり”をしているだけです」
持参した紙の束を、机に並べていく。観測値、限界値、累積していく歪みの数字。ランプの光に、インクの列が浮かび上がった。指先で一枚ずつ、皆の前へ押し出す。
「第三条件」
最後の指を立てる。
「聖女本人の意思を、最優先とすること」
その瞬間、卓の空気が、はっきりと変わった。数人が顔を見合わせる。
「それは……」
「最も、受け入れがたい条件でしょう」
声を落として、私は続けた。
「だからこそ、必要です」
王都はこれまで一度も、彼女に選ばせなかった。その沈黙の積み重ねの上に、今の歪みがある。それを口にすると、何人かが目を伏せた。
「……もし、王都が拒否したら?」
問いを投げたのは、卓の奥の若い声だった。
私は即答した。
「救済は行いません」
冷たい言葉のはずだった。それでも、誰ひとりそれを非難しなかった。これは復讐ではない。線を引くということだ。
「私たちは、誰かを壊す仕組みに、手を貸さない」
カイルが、低い声で受けた。
「それが、連合の方針だ」
卓を囲む全員が、ひとつ頷いた。
その時、扉が乱暴に開いた。
「……王都から、非公式の伝令です」
伝令役が、息を切らして駆け込んでくる。
「聖女の状態が、さらに悪化していると」
喉の奥が、ひやりと冷えた。時間がない、と心の隅で誰かが囁く。それでも、条件を曲げるつもりはなかった。
「返答は?」
私が尋ねると、伝令は首を振った。
「……ありません」
私は一度だけ目を閉じ、それから顔を上げてはっきりと告げた。
「では、こちらからは動きません」
冷酷な判断に見えるだろう。だがここで折れれば、また同じことが繰り返される。誰かが壊れ、誰かが守った“ふり”をして、結局は何も変わらない――その光景を、私はもう知っている。
会議が終わり、皆が席を立った。椅子の擦れる音が、次々と消えていく。
最後まで残ったカイルが、私のそばで足を止めた。
「……覚悟はいいか」
私は窓の外へ目をやった。夜明けの光が、地平線を薄く染め始めている。
「はい」
静かに答えて、窓枠に指をかける。
「救うために、見捨てる覚悟なら」
その言葉に、誰も何も言わなかった。それでよかった。
悪役令嬢と呼ばれた私は、今もなお、嫌われる選択をする役目を引き受けている。けれど、以前とは違う。今度は誰かに押しつけられた役ではない。私自身が、選んだ役だ。
窓の向こうで、王都の方角の空がゆっくりと白んでいく。あちらでは今頃、伝令が私の返答を持ち帰っているはずだ。人を救うために仕組みを壊すか、それとも仕組みを守るために人を壊すか。次にこの卓へ届く報せが、その答えになる。
「救うために、見捨てる覚悟」。
書いていて、正直しんどい回でした。
アルテミシア、そこまで背負わなくても…と思うのに、彼女は指を三本立てて一歩も引かない。
この強情さに何度も助けられている気がします。
夜明けの色を書くのがせめてもの救いでした。
冷たく見える一手を、最後まで見届けてもらえたら嬉しいです。




