↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された公爵令嬢は、完璧であることをやめました  作者: 月影 すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/128

第21話 条件付きの救済

 連合会議は、夜明け前に始まった。


 石造りの簡素な会議室に、豪奢な調度品も格式ばった装飾もない。長机に広げられているのは地図と、数字を書き連ねた紙の束だけだ。ランプの灯が、居並ぶ者たちの硬い横顔を照らしている。


「王都から、正式な要請は?」


 私の問いに、カイル=ヴァルディスが首を横に振った。


「ない」


 短い答えだった。彼は一拍おいて、地図の上で指を止める。


「だが、聖女が限界だという情報は、間違いなく王都にも届いている」


 誰かが椅子を鳴らした。室内の空気が、目に見えて重くなる。ここにいる誰ひとり、聖女を見捨てたいわけではない。それでいて、王都のやり方に戻る気もない。その板挟みが、卓を囲む沈黙に滲んでいた。


「……助ける方法はある」


 私がそう言うと、いくつもの視線がいっせいにこちらへ向いた。


「ただし、無条件ではありません」


 誰も驚かなかった。それが、ここに集まった者たちの共通認識だったからだ。


「第一条件」


 指を一本立てる。


「聖女を、国家資源として扱う制度を廃止すること」


 卓の端で、誰かが息を呑んだ。


「彼女は、人です。装置ではありません」


 反論は出なかった。皆、視線を落としたまま黙っている。


「第二条件」


 指を、もう一本。


「王都主導の主流魔力路を、即時縮小・再編すること」


「それは……」


 言いかけた声が、途中で途切れる。言葉を飲み込むのが、喉の動きで分かった。


「分かっています」


 私は先回りして頷いた。


「王都は、不安定になります。――でも、すでに安定している“ふり”をしているだけです」


 持参した紙の束を、机に並べていく。観測値、限界値、累積していく歪みの数字。ランプの光に、インクの列が浮かび上がった。指先で一枚ずつ、皆の前へ押し出す。


「第三条件」


 最後の指を立てる。


「聖女本人の意思を、最優先とすること」


 その瞬間、卓の空気が、はっきりと変わった。数人が顔を見合わせる。


「それは……」


「最も、受け入れがたい条件でしょう」


 声を落として、私は続けた。


「だからこそ、必要です」


 王都はこれまで一度も、彼女に選ばせなかった。その沈黙の積み重ねの上に、今の歪みがある。それを口にすると、何人かが目を伏せた。


「……もし、王都が拒否したら?」


 問いを投げたのは、卓の奥の若い声だった。


 私は即答した。


「救済は行いません」


 冷たい言葉のはずだった。それでも、誰ひとりそれを非難しなかった。これは復讐ではない。線を引くということだ。


「私たちは、誰かを壊す仕組みに、手を貸さない」


 カイルが、低い声で受けた。


「それが、連合の方針だ」


 卓を囲む全員が、ひとつ頷いた。


 その時、扉が乱暴に開いた。


「……王都から、非公式の伝令です」


 伝令役が、息を切らして駆け込んでくる。


「聖女の状態が、さらに悪化していると」


 喉の奥が、ひやりと冷えた。時間がない、と心の隅で誰かが囁く。それでも、条件を曲げるつもりはなかった。


「返答は?」


 私が尋ねると、伝令は首を振った。


「……ありません」


 私は一度だけ目を閉じ、それから顔を上げてはっきりと告げた。


「では、こちらからは動きません」


 冷酷な判断に見えるだろう。だがここで折れれば、また同じことが繰り返される。誰かが壊れ、誰かが守った“ふり”をして、結局は何も変わらない――その光景を、私はもう知っている。


 会議が終わり、皆が席を立った。椅子の擦れる音が、次々と消えていく。


 最後まで残ったカイルが、私のそばで足を止めた。


「……覚悟はいいか」


 私は窓の外へ目をやった。夜明けの光が、地平線を薄く染め始めている。


「はい」


 静かに答えて、窓枠に指をかける。


「救うために、見捨てる覚悟なら」


 その言葉に、誰も何も言わなかった。それでよかった。


 悪役令嬢と呼ばれた私は、今もなお、嫌われる選択をする役目を引き受けている。けれど、以前とは違う。今度は誰かに押しつけられた役ではない。私自身が、選んだ役だ。


 窓の向こうで、王都の方角の空がゆっくりと白んでいく。あちらでは今頃、伝令が私の返答を持ち帰っているはずだ。人を救うために仕組みを壊すか、それとも仕組みを守るために人を壊すか。次にこの卓へ届く報せが、その答えになる。

「救うために、見捨てる覚悟」。

書いていて、正直しんどい回でした。


アルテミシア、そこまで背負わなくても…と思うのに、彼女は指を三本立てて一歩も引かない。

この強情さに何度も助けられている気がします。

夜明けの色を書くのがせめてもの救いでした。


冷たく見える一手を、最後まで見届けてもらえたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「・・・助ける方法はある」主人公の公爵令嬢の言葉が、時々男性の言葉のようで気になります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。