第18話 辺境連合の芽
会議は、地図一枚から始まった。
長机の中央に、王都を中心とした魔力流路図が広げられている。赤く記された主流路から地方へ伸びる支流は、末端へ向かうほど線が細り、途中で消えていた。
「……ここが、完全に死んでいる」
私は指先で一点を示した。
「王都の補助供給が止まって、半年以上、放置されています」
部屋に集まっていたのは、辺境伯カイル=ヴァルディスと、隣接領の領主代理たち。誰の顔にも驚きはない。それが、すでに彼らの日常になっている証だった。
「王都に要請は出した」
一人が、資料に目を落としたまま言う。「返答は、“検討中”のままだ」
「検討など、していません」
私は即座に返した。「切り捨てる判断を、言葉にしていないだけです」
短い沈黙が落ちた。怒りでも、諦めでもない。その通りだと呑み込む顔で、領主たちは互いを見交わした。
「では」
カイルが私を見た。組んでいた腕をほどく。「君の案を聞こう」
私は深く息を吸った。これから口にすることは、王都にとっては反逆に近い。それでも、誰かが言わなければ何も変わらない。
「王都の主流路に依存しない、地方間連結型の循環網を作ります」
ざわり、と空気が揺れた。
「各領が、互いに最低限の魔力を融通し合う構造です」
「そんなことが、可能なのか」
領主代理の一人が、身を乗り出す。
「可能です」
私は断言した。「王都は、“中央集権でなければ成り立たない”と思い込んでいるだけです」
資料を長机に広げる。簡易式の魔法陣、局所安定化の応用式。図面を指でなぞりながら、私は続けた。
「完全な代替にはなりません。ですが――」
一度言葉を切り、視線を上げる。
「枯れない」
その一言で、領主たちの表情が動いた。奇跡でも栄光でもない。ただ生き延びられるという言葉が、この部屋では何より重かった。
「条件があります」
私は続けた。「この循環網は、王都の管理下には置きません」
誰も反論しなかった。もう、王都には何も期待していないからだ。
「参加は自由です。ですが――参加した領は、互いを切り捨てない」
静かな覚悟が、じわりと場に満ちていく。
カイルが短く笑った。「なるほど」地図を見下ろす。「王都を中心にした国ではなく、領が互いに支え合う国か」
私は頷いた。
「王都が戻りたくなっても、この輪には入れません」
言ってから、静かに付け加える。報復ではない。責任の所在を、はっきりさせるだけだ。
「……名前は」
誰かが尋ねた。私は少し考えてから答える。
「連合、で十分です」
余計な理想は、要らない。
その日の夜、私は一人で外に出た。辺境の空は、王都よりも星が多い。冷えた夜気を吸い込むと、喉から指先まで澄んでいくようだった。
(……動き始めた)
革命ではない。宣言も、旗もない。ただ、正しさが正しく機能する場所を、一つ作るだけだ。
悪役令嬢は、王都を滅ぼそうとはしない。王都がなくても世界は回ると、この連合が日々の融通で証明していく。それが、私の選んだ道だった。
「連合、で十分です」――余計な理想を全部そぎ落とすアルテミシアを書きながら、私まで背筋が伸びました。
旗も宣言もない静かな一歩、地味なようで書いていていちばん筆が乗る場所です。
理屈っぽい回にここまで付き合ってくださるあなたが、私は本当に好きです。




