第17話 聖女の揺らぎ
静かな部屋だった。
王城奥、聖教会の管理区画。
白を基調とした壁と床。
祈りのために整えられた、完璧な静寂。
――息が、詰まる。
エリナ=ミルフォードは、両手を胸の前で握りしめていた。
(……また、なの)
身体の奥が、ひどく重い。
魔力が、流れすぎている感覚。
「深呼吸を」
年配の司祭が、穏やかに言う。
「聖女様。
力をお貸しください」
聖女様。
その呼び方をされるたび、
胸の奥が、ひくりと痛んだ。
「……はい」
エリナは、ゆっくりと目を閉じる。
祈りの言葉を紡ぐ。
教えられた通りに。
間違えないように。
光が、溢れた。
眩しいほどの、純白。
部屋の魔力計測器が、
一斉に反応する。
「成功だ」
「やはり、聖女様は素晴らしい」
周囲の大人たちが、安堵したように息を吐く。
だが――
エリナの膝が、崩れた。
「……っ」
床に手をつく。
視界が、ぐらりと揺れた。
「聖女様!」
慌てて駆け寄る声。
「大丈夫ですか?」
「無理をなさらなくても……」
優しい言葉。
心配する声。
けれど。
(……誰も、止めてくれない)
立ち上がろうとすると、
司祭が、そっと肩に手を置いた。
「今日は、ここまでにしましょう」
その言葉に、
エリナは、ほっとした。
だが同時に――
恐怖が胸を締めつける。
(明日も、ある)
明後日も。
その先も。
部屋を出ると、
長い廊下が続いていた。
そこは、
王立学院よりも、
ずっと静かで、
ずっと閉じている。
(……アルテミシア様)
不意に、あの名前が浮かんだ。
あの日。
魔法実習場で。
『事前申告をしなかったのは、重大な規則違反です』
冷たい声。
厳しい言葉。
でも――
(あれは……)
私を、止めようとしていた。
初めて、
その意味が分かってしまった。
自室に戻ると、
机の上に資料が置かれていた。
次の儀式。
次の祈り。
次の魔力供給。
休む、という選択肢はない。
「……私は、聖女だから」
そう言い聞かせる。
皆が期待している。
皆が喜んでいる。
王太子殿下も。
王都の人々も。
――だから、頑張らなきゃ。
そう思うほど、
胸が、苦しくなる。
夜。
エリナは、ベッドの上で、
小さく身体を丸めた。
魔力が、まだざわついている。
(……怖い)
声に出せない言葉。
誰かに言えば、
また守られる。
でも、
守られるほど、
逃げられなくなる。
(私……)
アルテミシアが、
断罪された日のことを思い出す。
あの人は、
泣かなかった。
誰にも、縋らなかった。
ただ、
立っていた。
(……強い人)
そして、
自分は――
その強さに、
寄りかかっていただけだった。
窓の外で、
王都の灯りが、静かに揺れている。
エリナは、初めて思った。
この光は、
誰の犠牲で、
保たれているのだろう、と。
答えを、
知ってしまったからこそ。
彼女の中で、
聖女という役割は、
ゆっくりと、音を立てて軋み始めていた。
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