第16話 王都内部の分裂
王城の円卓会議室。
重厚な扉が閉じられると、張りつめていた空気が一気に色を変えた。
「――辺境伯領の魔力循環は、明らかに安定している」
財務官僚の一人が、手にした報告書を机へ叩きつけるように置いた。「しかも王都側の負荷まで減っている。理論上は、我々にとっても利があるはずだ」
「問題は、誰がそれを行っているかだ」
低く言葉を落としたのは、聖教会の枢機卿だった。
「アルテミシア=フォン=ルーヴェン」
その名が出た途端、卓を囲む面々の間に微妙な緊張が這った。
「……断罪された女だな」
「正確には、“断罪した”女だ」
別の貴族が、皮肉げに言い直す。「我々が、そうした」
誰も否定しなかった。落ちた短い沈黙が、そのまま肯定の代わりになった。
「彼女は、聖女運用を含む主流魔力路の歪みに、気づいていた可能性が高い」
学術官が、一語ずつ足場を確かめるように言った。「それは、教会の権威そのものに関わります」
枢機卿の指先が、机の縁を小さく打った。「聖女は、この国の希望だ」
「その希望のために、地方を枯らしていいのか」
官僚が食ってかかる。声には、抑えきれない苛立ちがにじんでいた。「結果として国全体が傾くなら、本末転倒でしょう」
「だが、民は“奇跡”を求める!」
枢機卿の声が跳ね上がった。「これは理屈の話ではない!」
レオナルトは、口を挟まずにその応酬を眺めていた。教会、官僚、貴族。これまで“見ないふり”という一点でだけ辛うじて結ばれていたものが、いま一斉に綻びを晒している。
「……殿下」
末席の老貴族が、慎重に切り出した。「アルテミシア殿を、王都へお戻しになるべきでは」
その一言に、いくつもの声が同時に重なった。
「賛成だ」
「危険だ!」
「管理下に置くのであれば――」
管理、という単語が耳に触れた瞬間、レオナルトの奥歯がわずかに軋んだ。
「彼女は、管理できる存在ではありません」
はっきりと言い切ると、会議室が水を打ったように静まった。
「だからこそ、戻すべきなのだ」
枢機卿が冷ややかに応じる。「制御の利かない力は、危険だ」
「違う」
レオナルトは、首を振った。「危険なのは、彼女ではない」
視線が、彼一人に集まる。
「危険なのは――彼女を必要としながら、同じ手で排除しようとする、この状況の方だ」
重い沈黙が、卓の上に降りた。
やがて、財務官が指を三本立てた。「選択肢は、三つです」
「一つ。彼女の提案を全面的に受け入れ、制度そのものを改める」
「二つ。彼女を王都へ呼び戻し、形式上の権限の下に置く」
「三つ――」
そこで言葉を切り、財務官は声を一段低めた。「彼女を、再び“排除”する」
空気が、凍りついた。もはや交渉の席で口にする言葉ではなかった。
「……それは、戦争だ」
誰かが、吐き捨てるように呟いた。
辺境と王都。理と権威。正しさと都合――天秤の両端は、もうどちらも譲る構えを見せない。
レオナルトは、静かに目を閉じた。
(――まただ)
また、選択の時が来ている。だが今度ばかりは、その重さを誰かの肩へ押し付けることはできない。
「結論は、出ない」
彼は、そう宣言した。「今日は、ここまでだ」
会議は解散となった。だが、卓を離れる誰の背中にも、解決の色はなかった。問題は、何一つ片づいていない。
人気の失せた廊下を歩きながら、レオナルトは考える。
(アルテミシアは……)
この光景を、彼女はすでに見越していたのだろうか。もしそうなら、彼女はいつだって、こちらの一歩先を歩いている。
王都は、彼女を手放して初めて、自分たちが何を失ったのかを思い知りつつある。だが円卓に残された三つの選択肢は、どれも彼女を取り戻すためのものではない。受け入れるか、縛るか、消すか――そのどれを枢機卿や貴族が先に動かすかで、次に割れるのは王都そのものだった。
今日はアルテミシア本人が一度も出てこないのに、王城の円卓は彼女の話で持ちきり。
書きながら「あなたたち、いないところでよく喋りますね」とにやにやしていました。
レオナルトの「危険なのは彼女ではない」の一言にだけ、そっと味方しておきます。




