第13話 王都からの使者
辺境伯家に、不釣り合いな馬車が入ってきたのは、昼過ぎのことだった。
磨き上げられた車体。
王家の紋章。
そして、過剰な装飾。
――王都の匂い。
「来たか」
カイル=ヴァルディスは、窓から一瞥しただけで言った。
私は、無意識に背筋を伸ばしていた。
(思ったより、早い)
魔力循環の調整を始めて、まだ数日。
それでも、王都は気づいた。
自分たちの“安定”が、揺らいだことに。
応接室に通された使者は、若い貴族だった。
礼儀は完璧。
だが、その視線は落ち着かない。
「辺境伯カイル=ヴァルディス様」
形式通りの挨拶のあと、彼は言った。
「王都より、確認のため参りました」
「確認?」
カイルは、椅子にも座らず立ったまま返す。
「近頃、王都の魔力観測に微細な変動がありまして」
私は、心の中で冷笑した。
微細、ね。
「原因が、こちらにあるのではないかと」
その言葉に、応接室の空気が張りつめる。
「で?」
カイルは、あくまで平然としていた。
「辺境伯領にて、
独自の魔力循環調整が行われたと聞いております」
――やはり。
「誰から聞いた?」
「……報告が」
曖昧な返答。
それで十分だった。
「王都は、
辺境の魔力枯渇には、
何年も気づかなかった」
カイルは、低い声で言った。
「だが、
自分たちに影響が出た途端、
こうして使者を寄越す」
使者は、言葉に詰まる。
「それは……」
「答えなくていい」
カイルは、私に視線を向けた。
「説明できるか」
私は、一瞬だけ考え、
そして、はっきりと口を開いた。
「王都主導の主流魔力路は、
聖属性運用を優先するあまり、
地方の循環を犠牲にしていました」
使者の顔が、強張る。
「それを、
局所循環で補正しただけです」
「それは……
中央の管理権限を逸脱する行為です!」
声が上ずった。
「逸脱?」
私は、静かに問い返した。
「王都は、
管理をしていませんでした」
沈黙。
「枯れていたのは、
地方だけではありません」
私は、続けた。
「歪んだ循環は、
いずれ王都そのものを壊します」
使者は、明らかに動揺していた。
「……お名前を」
不意に、そう問われた。
「この説明を行っている方の」
私は、答えた。
「アルテミシア=フォン=ルーヴェン」
その名を聞いた瞬間、
使者の顔色が変わった。
「……断罪された」
思わず、口を滑らせたのだろう。
私は、微笑みもしなかった。
「元、です」
短く告げる。
空気が、凍った。
「なるほど」
カイルが、低く言った。
「王都は、
最も都合の悪い人間を、
最初に切ったわけだ」
使者は、何も言えなかった。
応接室を出たあと、
マリアンヌが小さく息を吐いた。
「……王都は、
お嬢様を危険視しています」
「ええ」
私は、頷いた。
「だからこそ、
もう一度、
私を引き戻すか、
潰すかを選ぶでしょう」
カイルは、窓の外を見ながら言った。
「戻るつもりは?」
「ありません」
即答だった。
「私は、
ここで見た現実を、
もう見なかったことにはできません」
王都の使者が去る。
その背中を見送りながら、
私は確信していた。
――物語は、
再び動き出した。
今度は、
私を排除した側が、
私を必要として。
だが。
次に呼ばれるとしても、
私は“従う側”ではない。
悪役令嬢は、
もう舞台の中央には戻らない。
裏から、
世界を変える側に立つ。
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