第12話 辺境の問題
辺境伯領の朝は、早い。
まだ霧の残る時間帯から、人は動き出す。畑を見回る者、警備に立つ者、魔力設備を確かめる者。誰もが、言われずとも自分の役割を心得ていた。
「こちらだ」
カイル=ヴァルディスは、地図を片手に先を歩く。
「ここ数ヶ月、魔力の流れが不安定になっている」
私は視線を地面へ落とした。足の下を這う魔力流路――王都で設計された、国全体を支える基盤。その線の描く軌跡が、どこかで不自然によじれている。一目で分かった。偶然の不調ではない。
「王都への補修要請は?」
「出している」
カイルの声は淡々としていた。
「返事はない」
それだけで、十分だった。王都は、“重要でない場所”を、音もなく切り捨てる。
私はしゃがみ込み、地面に手を当てた。指先に伝わる魔力は、濁っている。本来なら穏やかに循環するはずの流れが、どこかで強引に引き抜かれていた。
「……王都側の主流路が、過剰に吸い上げています」
カイルの眉が、わずかに動く。
「原因は?」
「聖属性の集中運用」
言葉にした瞬間、背後でマリアンヌが息を呑んだ。
「まさか……」
「ええ。聖女候補を中心にした、魔力の再配分です」
王都を“奇跡が起きる場所”に仕立てるための仕組み。だがその代償は――
「地方が枯れる」
私は、はっきりと言い切った。
カイルは少し考え込んだあと、短く頷いた。
「やはり、そうか」
「知っていたのですか?」
「予感はあった」
彼は空を見上げる。
「王都だけ、異常に安定しすぎている」
私は拳を握った。あの学院。あの断罪。そのすべてが、“王都を維持するための歪み”に繋がっていた。
「対処法は?」
カイルが私を見た。試すような視線だった。私は即答する。
「主流路に依存しない、局所循環の再構築です」
「できるのか」
「時間はかかります。ですが、可能です」
私は、間を置いて付け加えた。
「その方法は、王都にとっては“都合が悪い”」
カイルが笑った。
「なら、なおさらだ」
その笑みは、王都で見たどんな顔とも違う種類のものだった。
現場へ向かうと、すでに被害は出ていた。
「最近、作物の育ちが悪くて……」
「魔力灯も、夜になると消えるんです」
村人たちの声は静かだった。怒りではなく、諦めの色をしている。
(王都は、これを見捨てた)
私は地面に魔法陣を描いた。簡易的な補助循環。応急処置にすぎない――そう思いながら、最後の線を閉じる。
「……明るい」
「灯りが、戻った!」
小さな歓声が上がる。私は肩で息をしながら立ち上がった。
「完全な復旧ではありません。ですが、これで当面は持ちます」
村人の一人が、恐る恐る口を開いた。
「……お嬢様、いえ……あなたは……」
呼び方に迷っている。私は微かに微笑んだ。
「アルテミシアで構いません」
その瞬間、
「ありがとう」
はっきりとした声が返ってきた。見返りも、評価もない。ただ、必要だから感謝されただけ。喉の奥が、ふいに熱くなる。
――王都では、正しさは嫌われた。だが、ここでは違う。正しさは、人を生かす。
夕暮れ、館へ戻る途中でカイルが言った。
「君は、なぜ王都で切られた?」
私は少しだけ考えて、答えた。
「歪みに、気づいていたからでしょう」
彼は足を止めた。
「……なるほど」
短い言葉に、確信が滲んでいた。
王都が守りたかったもの。隠したかったもの。そして、切り捨てるべき存在。それが、私だった。
空を見上げる。辺境の夕焼けは、王都で見たものよりもずっと濃い。
ならば、私はここから世界を見直す。悪役令嬢として断罪された女が、本当に正しいものを正しいと言える、この場所から。
「アルテミシアで構いません」──この一言を書けた時、私はちょっとだけほっとしました。
王都では嫌われた正しさが、辺境ではただ「灯りが戻った」で報われる。
見返りのない「ありがとう」に喉が熱くなる彼女を、書いてる私も一緒にじんとしていました。
よかったらブクマの栞を挟んで、彼女の再出発を見届けてやってください。




