第11話 辺境伯家の人々
辺境伯家の館は、王都のそれとはまるで違っていた。
装飾は最低限。
廊下は広いが、無駄がない。
そして何より――人の動きが速い。
(判断が遅れれば、命に関わる場所)
その空気を、私は一歩足を踏み入れた瞬間に理解した。
「到着しました」
護衛の声に促され、馬車を降りる。
門前で待っていたのは、一人の青年だった。
長身。
無駄のない体躯。
風に揺れる外套。
彼は、私を一瞥すると、
形式的な礼を省いたまま口を開いた。
「アルテミシア=フォン=ルーヴェン」
確認するような口調。
「辺境伯カイル=ヴァルディスだ」
――サブヒーロー。
だが、その肩書きよりも先に、
この人は、感情で判断しないと分かった。
「追放と聞いた」
遠慮も、配慮もない。
私は、目を逸らさなかった。
「事実です」
「理由は?」
試されている。
私は、一瞬で判断した。
同情を引く説明は、不要。
「規則を優先した結果、嫌われました」
沈黙。
辺境伯は、私をじっと見つめた。
数秒。
あるいは、数十秒。
そして――
「なるほど」
それだけ言った。
否定も、驚きもない。
「なら、ここでは歓迎しよう」
その言葉に、マリアンヌが小さく息を呑む。
「ここは、結果で人を測る」
辺境伯は、背を向けながら続けた。
「感情論は、死ぬ」
館の中に入ると、
使用人たちが、手を止めてこちらを見る。
だが、その視線も王都とは違った。
探る目。
値踏みする目。
――期待も、拒絶もない。
「アルテミシア様、でしたね」
年配の執事が声をかける。
「肩書きは必要ありません。
ここでは“できるかどうか”だけが問題です」
「承知しています」
即答すると、
執事はわずかに口角を上げた。
「よろしい」
食堂では、簡素な食事が用意されていた。
豪華ではないが、
栄養と効率を重視した構成。
「遠慮はいらない」
辺境伯が言う。
「王都の作法は、ここでは足枷だ」
私は、一瞬だけ迷い、
それから、自然体で箸を取った。
――視線を感じる。
だが、誰も何も言わない。
「明日から」
食事の途中で、辺境伯が言った。
「領内の魔力循環を見てもらう」
マリアンヌが驚いた。
「いきなり、ですか?」
「暇を与えるつもりはない」
辺境伯は、私を見た。
「判断できる人間は、
現場で使う」
私は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……承知しました」
その言葉に、辺境伯は、ほんのわずかに笑った。
「よし」
短い言葉。
だが、それは――
初めて向けられた、無条件ではない評価だった。
食後、用意された部屋は質素だった。
だが、窓から見える景色は広い。
空。
山。
遠くに、灯る集落の明かり。
(……ここでは)
私は、深く息を吸った。
(正しさは、嫌われない)
まだ、証明されてはいない。
けれど――
可能性は、ある。
机の上に、簡単な資料が置かれていた。
辺境伯領・魔力流路図。
私は、自然とそれを手に取る。
――休む暇は、ない。
けれど。
この忙しさは、
生きている感覚を伴っていた。
悪役令嬢として断罪された私は、
今ここで、
ただの“判断できる人間”として扱われている。
それだけで、
胸の奥が、静かに満たされていくのを感じた。
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