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いつかまた旅に出る日まで



 しばし考えこみ、無言になるマチアルド。


 ラルフィルのことが決して嫌いなわけではないし、初対面の時よりもリリーちゃんで一緒に旅をして好感は持っている。だが、恋をしているかというと……。


「ラルフィルは、私のことが好きなの?それとも、リスデールとデアルタのために最適と思うから?」

「まさか、違うよ。一緒に旅して気づいたんだ。マチアルドには俺にはないものがあるって。国を想う覚悟とか、肝の据わった性格とか、決断力とか、豪胆さとかさ」


 非常に微妙な気持ちで、それを受け止めたマチアルド。これは褒められているのだろうか、それとも女性としては残念なタイプだとけなされているのだろうか。

 思わず眉間にしわを寄せて考え込むマチアルドに、慌ててラルフィルが声をかける。


「いや!今のは全部褒めてるぞ。ちょっと表現はあれだが……。今言ったのはさ、何かを守ろうとする人間には絶対に必要不可欠な特性だろう?俺にはそういうものはないんだ。向き不向きでいったら、俺は大きなものを背負うのは向かない。お前と違って」

「そうかしら?国を想う気持ちは、ラルフィルだって同じでしょう。リスデールの森で異変を目にした時のラルフィルの顔、私覚えてる。あれは国を守ろうとする王子の顔だったわ」


 マチアルドの言葉に、少し照れたように鼻の頭をぽりぽりとかくラルフィル。


「まぁ大切な自分の生まれ育った国だし、曲がりなりにも王子だしな。でもお前は、もし王女じゃなくてもきっとこの国のために、人生をかけてでも何かを成し遂げる気がするんだ。それだけ、お前の決意とか想いは大きくて深いんだと思う。ティリアも同じだ。きっとどちらも、どんなに苦しくてもその重荷を捨てたりはしないだろうと思う」


 そう言うと、ラルフィルは空を見上げた。

 同じく空に目を向けたマチアルドは、どこかの空に浮かんでいるはずのその姿を探す。

 今頃、リリーちゃんはどこを漂っているのだろうか。あのふわふわのリリーちゃんに乗って、ティリアも空を眺めているだろうか。


 二人の間に沈黙が落ちる。でもきっと思うことは同じだろう。同じ思いを共有する者同士の、優しく穏やかな間が過ぎる。


「同じ想いを共有できて、素の自分を見せ合える相手は貴重だと思うんだ。王子とか王女とかそんな肩書なく、ただの自分を見せられる、そんな相手」

「そうね。それはよく分かる。ラルフィルに今更淑女の真似事して見せたって、何の意味もないもの。ラルフィルだってそうでしょう」


 お互いにくすくすと顔を見合わせて、笑い合う。


「だから、マチアルドと一緒に生きていきたいと思ったんだ。それに、マチアルドが重荷から逃げずにひたむきに頑張る姿を、一番そばで支えてやりたいと思った。いくら想いが強くても一人で背負うには、国はあまりにも大きすぎるだろ。俺じゃ役不足かもしれないが、不満や愚痴のサンドバッグ代わりにはなれるかもしれないと思ってさ」


 まさかのサンドバッグ発言に、目をまんまるにするマチアルド。

 

「私、ラルフィルが誰より優しくて頼りになることを知ってるわ。たったひとりで皆を守ろうとしてくれたし、皆が不安にならないように心を砕いてくれたことも」

「悪い印象は持たれていないと思っていい、のか……?」


 マチアルドを不安そうに眉を下げながら見つめるラルフィルの顔は、とても剣の達人とは思えない。まるで怖がりの子犬のようだ。


「もしこれから一緒に長い旅をするなら、またラルフィルにいて欲しいと思う。ラルフィルがいてくれたら、私はきっと私らしくいられると思うもの。もしあなたも私と一緒にいて、そう思ってくれたら嬉しい。……それは、恋とは違うのかな?」


 マチアルドには、まだ恋は遠い。ティリアがいっていたような寂しさとか悲しさ、苦しさはよく分からない。

 でも、シュタルトや他の人たちに対する気持ちとは違うことだけは、分かる。それは剣が強いからとか年上だからということだけではなくて、後ろからそっと見守っていてくれていざという時にはきっと手を差し伸べてくれると信じられるのだ。旅の間中、ずっとそう感じていた。もし会えなくなったら、きっと寂しいと思うだろう。会いたいと思うのかもしれない。ティリアがそう言っていたように。


「ひとつ条件があるわ」

「じ、条件?」


 目を見開いて表情をこわばらせるラルフィルに、マチアルドはにんまりと笑って続ける。


「いつか私が女王の座を退く日がきたら、一緒にあの神殿へ行きましょう?またリリーちゃんにつながるか試してみたいの。もしかしたらまたリリーちゃんに乗って、旅ができるかもしれないでしょ?その時はどこかの国に放浪してるシュタルトも呼んで、また皆で冒険しましょ。それが、条件よ」


 どんな条件を付きつけられるのかと恐れをなしていたラルフィルは、ぽかんと口を開けてしばし固まっていたが、くふふふふ、とおもしろそうに笑うマチアルドを見つめて、破願するラルフィル。


「ああ、約束する。いつかまたリリーちゃんに乗って、皆で旅をしよう。今度はもっと遠くにも行ってみたいしな。もちろんおかしな戦いはなしで。でも一応、剣の腕も鍛えておくよ。お前のどんなピンチにも、真っ先に駆けつけられるように」


 一体それは今から何十年先なんだろう。きっとその頃には二人とも白髪交じりで、しわもあって、満足に剣も振るえないかもしれない。

 いつの日かの二人を想像して、二人で顔を見合わせて笑い出す。


 穏やかな空気が二人を包んで、ひんやりとした風もあたたかく感じられる。


 恋にもきっと色んな形があるんだろう。激しい恋、あたたかな恋、かわいい恋、切ない恋。私とラルフィルがするのならきっと、少し奇妙で楽しい恋かもしれない。あんな冒険をした間柄なんだもの。

 マチアルドはいたずらっぽい笑みを浮かべて、ラルフィルに話しかける。


「それまでティリアには大地をきれいにしてもらって、私はあなたとこの国をもっといい国にする。もちろんリスデールもいい国であれるように、互いに手を取り合ってね。これからもよろしくね、ラルフィル」


 そう言うとなぜかキスでも抱擁でもなく、固く握手を交わすマチアルドとラルフィル。

 ティリアとリガルドと同様に、こちらも大分奇妙な組み合わせのようである。


 それでもにこにこと嬉しそうに幸せそうに笑いあう二人。


 そんな二人を、遠く離れた上空からピンク色の触手が祝福するようにふよふよと揺れていた。


 デアルタとリスデールの未来は、小さな王女と気の優しい王子とが手を取り合ってどこまでも穏やかに続く。

 空にはぷかりとクラゲが漂い、大地は豊かに命を育む。

 つながる想いとあたたかい絆でつながれて、いつまでも、どこまでも旅は続くのだ。


 




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