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ひとつの旅の終わり


 マチアルドとシュタルト、ラルフィルの三人は、この冒険のはじまりとなったあの小さな扉の前に立っていた。


 いよいよ、お別れの時である。この扉を抜けたら、自動的に神殿とのルートは閉ざされるらしい。普段はつながっているはずのないルートをまれに開けることがあるだけで、ずっとつながっていたことがイレギュラーだったのだから。

 そしてもう、マチアルドたちがここを訪れることはおそらくない。精霊と人間の世界とはもともと切り離されたものであるべきなのだ。つまりは、もうここへくることはできず、ティリアやリリーちゃんとも奇妙な偶然が重ならない限り会えないということだ。


「いよいよね。ここをくぐり抜けたら、まっすぐ振り返らずに進んでください。神殿の祭壇前へとつながっていますから。……マチアルド、あなたは私の親友よ。会えて本当に幸運だった。皆も本当にありがとう。きっとこれから何度でも思い出すわ。浄化するたびに、迷うたびに、寂しくなるたびに。あと、部屋を片付ける時もね」


 ティリアはマチアルドの手をぎゅっと握りしめて、目を潤ませて話す。マチアルドもまた、潤む目を必死に涙をこぼさないよう大きくしばたかせる。


「私も。でももう私は一人じゃないから。重圧に苦しくなっても孤独を感じても、空を見上げたらあなたがいてくれる。もうその姿は見えなくても、いつもそこにあなたはいてくれるんだもん。どんな時も一人じゃないわ。ティリア、ありがとう。これからもずっと永遠に親友よ」


 きっと、空を見上げるたびに思うだろう。自分と同じく誰とも分かち合えない孤独を抱えながら、広い空を大きなクラゲに乗って大地を守っている大精霊のことを。唯一無二の役目をその肩に背負って、時に孤独を感じながらもひたむきに何かを守ろうとする、その思いを共有する者のことを。


 マチアルドとティリアは見つめ合い、ふんわりと嬉しそうにほほ笑み合う。


「ねぇ、元の世界に戻ったらティリアのこともリリーちゃんのことも、見えなくなっちゃうのかな?」

「どうでしょう?リガルド様みたいなケースもありますし。もしかしたら見えるかもしれませんね。もし見えたら、またこうして遊びにきてくださいませ!いつでも歓迎しますわ」


 手を取り合ってはしゃぎながら、女同士の友情を温め合う。

 

 同士であり、親友でもある王女と大精霊。

 そしてもちろん、リリーちゃんもまた二人の同士であり親友である。そっとリリーちゃんのピンク色の触手が伸びてきて、マチアルドとティリアを抱きしめるように包み込む。固く結ばれた乙女たちの友情である。


 少し離れた所では、ラルフィルとリガルドが何やら話し込んでいる。そしてシュタルトとマルセルは、ごそごそと仕分けブースの中を仲良く何かを探している。またおかしなものを持ち込む気だろうか。せめてつる植物の切り身なんかじゃなければいいな、と思うマチアルドである。


「さぁ、では皆さん。どうぞ」

「あれ?リガルド様、どうしてそんな離れた所にいるんです?」


 ふと見ると、なぜかリガルドだけが一人ティリアのそばに立ってマチアルドたちを眺めている。その顔はにこにことご機嫌な様子である。


「あぁ、いいんだ。ここに残る気らしいから。ティリアと一緒に、ここで暮らすつもりなんだとさ」


 ラルフィルはやれやれ、と小さくため息をついて師であるリガルドを見つめた。

 ラルフィルによると、大精霊となって以前にも増してすっかりうるつやになったティリアに、惚れ直したのだという。ならばいっそリリーちゃんに乗って、用心棒兼話し相手として乗り込むのも悪くないと決意したらしい。ティリアはそんなリガルドの隣に寄り添って、ほんのりと頬を染めている。


「うるつやな上に恋まで出に入れたとは……。私もちょっと頑張ろうかな」


 心から喜ばしいと祝福する一同。ラルフィルだけは複雑そうな顔をしていたが。

 そしてマチアルドはといえば、自由恋愛など夢のまた夢とは思いつつも親友の幸せそうな姿につい夢をみる、複雑な乙女心である。



「じゃあ、そろそろ行くね!本当にありがとう。お世話になりました。ティリアもマルセルも、リリーちゃんも、リガルド様もみんな元気でね。必ず空を見上げるからね!頑張るからね」


 元気よく手を振って、扉の取っ手に手をかけるマチアルド。最後に一度振り返り、別れゆく仲間たちの姿を目に焼き付けて扉をくぐる。シュタルトとラルフィルもそれに続く。


 パタン、と音を立てて締まる扉。


 もう三人は振り向かず、かつてガラクタだらけだったダンジョンを歩いていく、来た時とは逆の方向に向かって。

 旅は、終わったのだ――。




 リリーちゃんの上では、閉まった扉を見つめてしばし立ちすくむティリアがいた。このルートを閉じなければならない。通常つながってはいけない特別なルートだ。でもなかなか閉じることができない。

 リガルドに励まされるように背中を押されて、ようやく扉に手をかざす。

 みるみる扉は跡形もなく消えていき、そこには初めから何もなかったように空が広がっていた。ティリアの頬を一筋、涙が伝った。

 最初で最後の、親友との冒険旅行は終わってしまった。


 寂しさを心に残しつつ、それでもティリアは顔を上げる。そして無理やりに笑顔を作って、リガルドとマルセルに声をかける。


「さぁ、これからは三人とリリーちゃんで浄化のお役目をしっかり果たしていきましょう!どうか助けてくださいね、もちろんリリーちゃんも、これからもずっとよろしくね!デアルタも、リスデールもお友達の大切な国だもの。しっかり浄化頑張ります!」



 リリーちゃんはそれに答えるようにピンクの触手を空高く上げて、ふわりと風に舞う。

 デアルタの上空を大きな空飛ぶクラゲは、ふわりふわりと気持ちよさそうに漂っていた。




 元の世界では、ガルド大臣が寝込んでいた。マチアルドたちが行方をくらましてすでに三日半もの時間が経過していた。もちろんリスデールにも、ラルフィルが神殿訪問中に王女とともに行方が分からなくなったとの知らせは届いていた。当然のことながら、大騒ぎである。


 ターシャも生きた心地がせず、マチアルドの部屋でむせび泣いていた。まるで王宮の中は火が消えたように静まり返り、悲しみに沈んでいた。


 そこへマチアルドの元気な声が響く。


「ただいま戻りましたー!」


 なぜか神殿ではなく王宮に直接ダンジョンの出口がつながっており、光の先を抜けるとそこはマチアルドの私室の前だったのだ。

 腰を抜かすターシャと、その悲鳴を聞きつけて飛び出してきた厨房の料理人たちや使用人たち。知らせを受けて猛然と走り寄る王妃と、その後からぽよぽよしたおなかを揺らして追いかけてくる国王の姿。

 事態がつかめず矢継ぎ早に質問を受けるも、どう話したらいいかわからず隣のラルフィルとシュタルトと顔をミアさせて苦笑するマチアルド。


 ともかく、三人とも無傷どころか行方がわからなくなる前よりなぜか肌つやもよく、健康状態もばっちりな様子に胸を撫でおろす王たち。大臣も無事に帰ってきたとの知らせを聞き、ベッドの中で号泣していたという。


 こうしてマチアルドたちも無事に国に戻り、もとの生活を取り戻した。

 元通り、ではなかったが――。





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