月明かりの宴
「あ~!もうお腹一杯で何も食べられないっ」
「俺ももう限界だ。でもどれも本当にうまかった。つた以外は」
マチアルドは今にもはち切れそうなお腹を押さえながら、リリーちゃんのふかふかの床に倒れこんだ。もはや淑女らしさの影もない。その隣では、ラルフィルも同じ格好で倒れ込んでいる。
シュタルトは今だつるを口にくわえながら、マルセルとおかしなダンスを踊っているし、リガルドは一体いつの間に持ち込んだのか酒のボトルを手にほろ酔い気分である。
ティリアはティリアで、そんな皆の様子をくすくすとおかしそうに笑いながら、リガルドの隣を陣取っている。
空にはスター・ティリアのような濃紺の闇に満天の星が瞬いて、手を伸ばせば本当に届きそうなほどだ。吹く風は少しひんやりとして、熱気に包まれた傘の中を通り抜けていく。
気づけば、全員がリリーちゃんのふかふかの床にごろりと仰向けになり、星空を見上げていた。
「星がすごいね。本当に届きそう」
「うん。地上から見るのと全然違うな。ちょっと怖いくらいだ」
「自然は時に怖いからな。自然に比べたら、人間なんてちっぽけな存在だ。皆この世界があって初めて、存在できるんだしな。本当に色んなものに知らないところで支えられて生きているんだなって、この旅で教えられたよ」
奇妙な偶然が重なってリリーちゃんに乗り込むこととなったマチアルドたち三人は、この三日間のことを思い返していた。まるで大きな流れに押し流されるようにリスデールへ旅して、暴れつたと戦って、泣いて、怒って、笑って。たくさんの出来事と出会い、目まぐるしく変わる感情の渦の中であっという間に過ぎ去った三日間だった。濃密で、夢のような時間。
「皆さん、帰ってしまうんですね……。せっかくお会いできたのに」
ティリアの小さなつぶやきが、夜の闇に吸い込まれていく。静寂が一同を包む。
「なんにでも終わりはあるもんだ。はじまりがあるようにな。この旅が終われば次の旅がはじまるってことさ。次へ続くための終わり、だな」
「まるで私の部屋の片づけみたいですね。どれかを手放さないと新しいものは手に入れられないみたいに」
「そうだな。持っていたいもの全部は、とても持ちきれないからな。どれかを置いていかないと新しくその手には何も持てないんだ。だから、最低限のわずかな荷物だけで旅立つんだよ。なぁに、また旅の先で何かを手に入れられるさ」
リガルドの優しくなだめるような声に、ティリアはそっとその腕に寄り添う。
「次の旅へのはじまり、かぁ……。次はどんな旅がはじまるのかな。できたらもう少し、皆と一緒に旅したかったな。だってさ、たったの三日間なんだよ?短すぎる、よね……」
マチアルドの目尻から一滴のしょっぱいものが流れ落ちて、リリーちゃんの床に吸い込まれていく。ふよふよと伸びてきた触手が、マチアルドの頬を優しく撫でていく。それをそっと握り返して、マチアルドは努めて明るい声で問いかける。
「ねぇ!シュタルトはさ、料理人でしょ?ティリアは大精霊で、ラルフィルは?元の世界に戻ったら、何がしたい?」
「俺か?う~ん……。俺はお前たちみたいにしっかりしてないからな。あまり自分がどう生きていきたいかなんて考え事がないんだよ。でもそうだな、今まで見たいに兄たちや国を前提にした生き方はやめようかと思ってる。別に国をどうでもいいと思ってるわけではないし、兄たちを支える生き方も選択肢のひとつではあるが。もう少し、自分がどう生きていきたいか、何をしたいのかを自分に素直に探してみようと思ってる」
王宮で初めて会った時のラルフィルは、確かにそつのない完璧な王子様といったふうではあったけれど、どこか生気がなくて作り物めいていた。でも、今のラルフィルは違う。その目は生き生きと輝いているし、表情も豊かになった。王子というよりは、好青年という感じだ。
マチアルドは王子様然としたかつてのラルフィルよりも、今の方がずっと素敵だと心の中で思った。
「私も、もう少し自分に正直に生きてみる。王女だからとか女王になるからとかじゃなくて、私が大切に思うもののために何をしたいか、どう生きたいかを考えてみる。だって、私は私にしかなれないんだもの。王女だって王女じゃなくたって、私が私であることに変わりはないわ。なら、私らしいやり方でこの国で生きてみる」
マチアルドは自分に言い聞かせるように、言葉をゆっくりと紡ぐ。本当はずっとここで皆と一緒にいることを望んでいる自分がいるけれど、リガルドの言うように、旅はいつか終わるのだ。その終わりはきっと、誰にも止められない。時は常に流れ続けているのだから。その中できっと、自分たちも刻々と変化しているのだ。
「夢みたいなひと時でした……。本当に、夢のような。でもこれが本当で、皆さんと同じ時を共有できたことが何より嬉しい。たとえ終わりがくるとしても。ずっとずっと、つながっているから。私たちはどんなに時が流れても時空も時代もすべて超えて、これからもずっとつながり続けていくから。きっと寂しくないです……きっと」
時折何かをこらえるように、ゆっくりとか細いティリアの声に、マチアルドはもう流れ落ちるものをとどめることができない。
――泣いていいんだ。だって、悲しいんだもの。大切な仲間たち、親友との別れが、夢のような旅の終わりがこんなに寂しいんだもの。今は泣いたっていい。旅立ちの瞬間はきっと笑顔で手を振るから、今だけは。
星が近くて、なんだかまぶしい。思わず目を腕で覆うようにして、瞼を閉じるマチアルド。
「頑張るよ。皆とつながっているんだから。どんな時もきっと。でも忘れない。きっとおばあちゃんになってもきっと」
リリーちゃんにあたたかくやわらかい体に抱かれるように、マチアルドはまるでゆりかごの中の赤子のようにただ泣いていた。ラルフィルもシュタルトも、ティリアもマルセルも、リガルドも、さまざまな想いを乗せて、最後の夜は更けていく。
夜の空をゆらゆらと揺れるように、リリーちゃんは優しくたゆたう。どこまでもあたたかく、どこまでもゆったりと――。
別れの時は、もうすぐ――。




