ダンジョン掃除、いたしましょう
デアルタに到着した一行には、まだやるべきことが残っていた。
それを済ますべく、一同はその扉の前に立っていた。
「打ち上げの前に、まずここを片付けないとね」
そのマチアルドは今、腰に手を当ててその扉の前でどん、と構えていた。
その手には、鉄の箱に重さのある石や鉄くずを詰めた手作りハンマー。そして顔には、大きな布で作ったマスクを着用している。他の皆も同じようにめいめい武器を持ち、マスクで完全武装している。
「では、最後のダンジョン。お片付け始めましょう!皆さん、きれいさっぱりお願いいたします!」
マチアルドの威勢の良い掛け声とともに、その扉は開かれた。
とはいっても小さな扉なので、全員体をかがめてリガルドとラルフィルにいたっては這うようにして、その扉を潜り抜ける。
そう。ここはマチアルドたちが最初にここに渡ってきた時に抜けてきた、あのダンジョンへとつながる扉である。
ここには、あの大量のガラクタたちがいまだ未浄化のまま残っていた。
リリーちゃんの中にあったガラクタたちはすでに浄化され、地上に返されているが、リリーちゃんと地上の神殿とを結ぶ通路であるこの通路だけは、ティリアの浄化の光が届いていなかったのである。
そのため、ここにあるガラクタたちは――。
たらりらりら、たらりらりら、たららったったーん。
たらりらりら、たらりらりら、たららったったーん。
たらりらりら、たらりらりら、たららったったーん。
たらりらりら、たらりらりら、たららったったーん。
「やっぱりね」
「やっぱりこいつが真っ先にくるよな」
「だからワルツって……」
ほんの数日前のことなのに、遠い日の出来事のようである。
このエンドレス・ワルツとの出会い。ひたすらにサビだけを延々と繰り返し奏で続けるオルゴール。
それはやはり変わらず、扉のすぐそばにあった。しかも、以前ダンジョンを抜ける際にその辺の箱の中にしっかりとしまって音が聞こえないようにしたはずなのに、今なおしっかりと棚の上に鎮座している。
三人の口からため息がこぼれる。
ワルツとはもっと心が生き生きと弾むような陽気な音楽だと思っていたが、こんなにも人の心をアンニュイにさせるとは。
「やるか」
「やりましょう」
「だからワルツ……、まぁ、いいか」
三人の意見が合致したところで、ティリアに目配せする。
まずはこのダンジョン内を浄化してもらうのだ。これで完全にガラクタたちが動かなくなればよし、もしまだ元気に襲ってくるようなら、片っ端から片付けていくだけである。
ティリアもこのダンジョンがこれほどまでにカオス化しているとは思いもしなかったようで、青ざめて立ち尽くしている。
気を取り直して浄化の光を放ち始めたティリアの手のひらから、あたたかな白い光が溢れだす。波のようにゆるやかに、光の粒が弾けるように、うず高く積み上げられたガラクタたちにまんべんなく光が届きく。
次第に、あちこちから何かがきしむような音や、何かが転がり落ちるような音が聞こえてくる。もしや、浄化されまいと暴れているのだろうか。あの暴れつたのように。
手の中の武器を握りなおすマチアルドたち。はじめてここを通った時のように、ガラクタお化けが突然襲い掛かってくるかもしれないのだ。ごくりと息を飲む一行。
しばらくティリアは念を入れて浄化の光を送り続けたが、そのうちことりとも音がしなくなり、ダンジョン内は静まり返った。
「浄化が効いて、ただのガラクタに戻ってくれたのかな?」
「だといいけどな。そうみせかけてガタガタガタガタッ、とかな」
アッハッハッハと快活に笑うラルフィル。
だといいけどなぁ、とつぶやくシュタルトの真横から、何かがカサカサカサ、と音がして一行は飛び上がった。
「うわぁっ!何?」
シュタルトの足元に現れたのは、ゼンマイ仕掛けの小さなアヒルのおもちゃである。どうやらゼンマイ仕掛けで少し動いただけのようで、すぐにゆっくりと止まってしまった。
胸を撫でおろす一同に、ティリアはそのおもちゃを拾い上げるとゼンマイを巻く。
「え―と……、ゼンマイ、切れてるみたいですよ?ほら、ここ。切れてます。ね?」
そういって不思議そうに首を傾げる。
「……ということは?」
やはりこのダンジョンは、一筋縄ではいかない。
ティリアの大精霊の力をもってしても、このダンジョンのガラクタたちは今日も元気なようである。
ゼンマイが切れているはずのアヒルも、ティリアが手を放して床に置いたとたん、勢いよく前方に走り出す。
「お片付け!開始~っ!!」
全員が大絶叫ののちに、武器を片手に走り出した。
ダンジョンのあちらこちらから、悲鳴に交じって怒号とガキャッ、とかバキッ、とか物々しい破壊音が響き渡る。ティリアもマルセルも入り混じっての、物理攻撃でのお片付けである。
ぜいぜいと息を切らして、マチアルドがティリアのもとに合流する。
「そっちはどう?」
ティリアの美しくきらめく長い金髪も、繰り返される戦闘に激しく乱れて、ところどころに蜘蛛の巣や埃が引っ付いている。まさか大精霊になって、その拳を振り回す経験をするとは思いもしなかっただろう。
お互いにぼろぼろの姿を見合い、わけもなく笑いがこみあげる二人。
「ふふふふふっ!……あはははっ、すごい髪!ぐっしゃぐしゃ」
「んふふふっ!マチアルドだって、顔に黒い汚れが」
あはははは、うふふふふ、とおかしそうに笑い転げる王女と大精霊の姿に、物陰からわらわらとラルフィルやリガルドたちも集まってくる。
「何笑ってんだよ、怖いだろうが。そっちは片付いたのか?」
ラルフィルの姿をみて、しばしぽかんとした二人はさらに大きな声で笑い転げる。
「何だよ?俺、なんか変か?」
ラルフィルは自分の顔を指さして、不思議そうに眉をひそめる。そんなラルフィルをマチアルドたちと交互に見て、シュタルトも破願して笑い出す。
「っぷぷっ!その顔、そりゃ笑うだろ」
ラルフィルの両方の目の周りが黒くなっている。きっと汚れた手で目をこすったのだろう。まるで何かの動物のようである。
しまいにはリガルドまでもが一緒になって笑い出し、ラルフィルだけが意味が分からないという顔をしてぽかんとしている。マルセルは、嬉しそうに顔をくしゃりと歪ませて皆を見ている。
すでに、ダンジョンから汚れた気は消えていた。
実際のところ、浄化の光がうまく届かない奥の方にあったガラクタだけが、わずかに思念を残して動き回っていたようだ。その力はもうほんのり残るだけで、はなからずっと動き続けられるような思念は残っていなかったのだ。
こうして最後の浄化すべきダンジョンは、ようやく元の通路としての役割を取り戻したのだった。
「よし!これで心置きなく打ち上げできるな。まずは魚だろ?あとはキノコに山菜に、果物も欲しいよな。あとは……」
あれこれと指折り材料を思い浮かべながら、シュタルトはすでに打ち上げで頭の中がいっぱいなようである。
マチアルドはそそっとティリアのそばへよると、耳打ちする。
「ねぇ、ティリア。ひとつ提案があるんだけど……。もしよければ……でも皆には見られたく……」
「まぁ!本当ですか?……ええ、もちろんそうしていただけると……そうね……」
こそこそと乙女たちは、声をひそめて耳打ちしあうのだった。




