満ちていく光
その場に広がるしばしの静寂。
「……終わった、よね。もう大丈夫、よね?」
「やりましたわね!皆で力を合わせて、この森を守りましたのね」
ティリアは頬を紅潮させて、興奮気味に胸の前で手を握り合わせている。前の戦いでは弱々しかった精霊の光も、今回は驚くほどに強くまばゆく辺り一帯を照らし出したのだ。ようやく持てる力を取り戻し、その表情は自信に満ちている。
シュタルトと肩を組んだマルセルは、大きなガラスの目を潤ませてティリアの姿を感慨深く見つめている。
「これでもう俺、奇怪なものと戦わなくていいんだな……」
マチアルドとティリアが手をぎゅっと握りあって歓声を上げる横では、どろどろとした真緑色の液体にまみれた剣を地面に投げ出して、ラルフィルが仰向けに倒れ込む。
リガルドに再会するまでずっと戦闘を一人で請け負ってきたのだ。しかも、見たこともない奇怪なもの相手に。その戦闘からようやく解放されて、安堵の表情を浮かべている。
「戦い足らん。だが、ティリアの浄化は見事だった。よくやったな、ティリア」
リガルドはそう言って、剣についた汚れをラルフィルが戦いの最中に脱ぎ捨てたシャツでさりげなく拭いとる。
その言葉を聞いたティリアは、喜びで顔をいっぱいにして涙をぽろぽろと流しながら手のひらを合わせた。
「……はいっ!私、ようやくわかったんです。色々迷ってご迷惑をおかけしましたが、もう大丈夫です!もう決して迷ったりしませんわ。私がこの大地を守るただ一人の精霊なのですもの」
その言葉は、力強い。もともとの外見から漂う気品も手伝って、一層気高く輝いて見える。
「あれ?……なんだか本当に輝いているような?」
マチアルドは、ティリアの背後から実際に光が湧いて出るようなそんな輝きを感じて、目をゴシゴシとこする。
みると、他の面々も同じようにティリアの姿が光り輝いて見えるようでどうやらマチアルドの見間違いではないようである。
「ティリア様……、もしかして、その輝きは」
マルセルがそのガラス玉の目をこれ以上見開けないほど大きく見開いて、驚きの表情を浮かべる。
次の瞬間、ティリアの立っている方から白い光がぶわーっと溢れて、一行を明るく包み込み始めた。
「この光は一体……!ティリア?」
「なんだ?何が起きてるんだ、これ」
先ほどの浄化の光とはまた違う、もっと明るくあたたかい光である。それが周囲一帯に満ちて、光の粒がくるくると踊るように空に舞い上がる。マチアルドたちのまわりをまるで歌うように踊るように舞い上がるその光たちは、確かにティリア自身から発していた。
「ティリア様、これはもしや……」
「もしやって何だよ、マルセル。ティリアが光に飲み込まれそうだけど、あれ大丈夫なの?」
あまりの光の量に、恐れをなすシュタルトである。
「心配はいりません。これはきっと……ティリア様が成長なさったのですよ!なんということでしょう。これは本当にすごいことに……」
周囲が光に満ち溢れて、まるで光の中に皆の身体が浮いているようだ。地面が見えないほどの光に覆われて、ティリアが慈愛に満ちた微笑みでその両手を大きく広げ、何かをつぶやき始める。
一体何が起きようとしているのかはまったく分からないが、それが悪いことではないことだけは分かる。
「まさか、今からこの森を浄化する気では?ティリア様!」
マルセルがティリアのもとに心配そうな顔で走り寄る。
ふふふ、と無言でほほ笑んでティリアはすぅ、と息を吸い込んで目を閉じた。
一同が見守る中、それは始まった。
ティリアの身体から、小さな光の粒が生まれる。その数は次第に増していき、あっというまに辺り一帯に広がっていく。そこにわらに合わせた手の平から光の輪があふれ出し幾重にも大きく広がって、層のように地面に重なっていく。
もはや目を開けていられないほどまばゆい光で満ちている。でもその光はとてもあたたかくまるでお湯に浸かっているようなそんな心地よさを感じる一行。戦いで傷ついた体も疲れも癒されていくようだ。
「っておい、ホントに傷が消えてるぞ。みるみる傷口が塞がっていく」
ラルフィルが自分の腕を見て驚きの声を上げる。
マチアルドは息をのんでその光景を見つめていた。
光の中心に立つティリアはそれはそれは荘厳で美しく、気品に溢れていた。まさに女神、精霊という名がぴったりくる姿である。とても神聖な貴重な一場面を目にしていることに、感動を覚えるマチアルド。
「ティリア様が精霊から大精霊へと進化されたのです。もうこれでこの森はもちろん、大地も心配いりません。大精霊の力は絶大ですから。まさかこんな日がくるなんて、感激で……」
シュタルトといえば、感極まったように泣きむせぶマルセルの背中を叩きながら、口を開けてぽかーんと目の前の光景を眺めている。マルセルもまた、自分の主が力を失いかけているのをずっと気に病んでいたのだろう。ティリアの最大量の浄化を目にして、ようやくその心の荷を下ろせたようだ。
光はまだまだ止まらない。森全体に広がっていき、リリーちゃんのいる上空にまで届きそうなほど、明るくあたたかな光で満たしていく。そしてひときわ大きな光の輪が森を包んだと思った瞬間、ぱぁぁ、と光がまた粒状に戻って小さく弾け飛んで一気に消えていく。
「きれい……!地面から何かが浮かび上がって消えていく」
大地に染み込んでいた悪い気が光に吸い上げられて、大気中の光に溶けて瞬時に浄化されていく。森とマチアルドたちをあたたかな光がやわらかく包み込み、体のすみずみまでみずみずしく溶けていくような感覚を感じていた。
空にぷかりぷかりと漂っていたリリーちゃんの姿もすっぽりと飲み込んで、その光はリスデール全土へとあたたかく広がっていくのだった。




