立ちはだかるもの
一同は、ティリアがリガルドとよく逢瀬を重ねたという思い出の洞窟を目指して、進んでいた。何の手掛かりもない以上、思い当たる場所をしらみつぶしに探っていくしかない。
「なかなか見つからないわね。今のところ何の手がかりもないし。リガルド様は、もしかしてこの森にはいないのかしら」
「気まぐれな人だからなぁ。あの人は気分次第で適当に行動するから、俺にも予測は不可能なんだ」
慣れない山歩きと奇妙な植物たちとの遭遇による疲れと焦りが、一同の表情を曇らせはじめていた。
「もうすぐ着きますよ。あの大きな岩の先にあるのが、その洞窟の入り口です。ほら、あの何かがうねうねと動いている先の。……ん?動いてる?」
マルセルの言葉に、一同の顔が引きつった。
「またかよ……」
ラルフィルが、がっくりと肩を落としてつぶやく。
視線の先にいたのは、先ほど遭遇したものよりさらに大きなつた植物。それが、まるで洞窟の入り口を塞ぐように一同を待ち構えていたのだった。
その姿に、一同は自然とラルフィルに目を向ける。
ここに剣の使い手は一人しかいない。
自慢の剣がまた緑色に染まるのかとげんなりするラルフィルであるが、そうも言ってはいられない。スター・ティリアの力で小さな植物は攻撃してくることはないが、あれほどのサイズのものには何の効力もないだろう。
それは、長く太いつたをしゅたっ、しゅたっ、としならせながら、元気いっぱいに地面を叩きつけている。もちろん根っこは地面から抜け出ており、いつでも走り出せる状態にある。
ため息を深く吐き出すと、ラルフィルは残りのメンバーを木の陰に隠れるよう促す。
カチャリ、と音を立てて剣を抜くと、重心を低く構えて相手とにらみあう。
「遊ぶ気満々だな。いいだろう、付き合ってやる。ただし命乞いしても見逃してはやらないからな」
嬉々としてつたを振り回し、こちらににじり寄ってくる暴れつた。
姿勢を低く保ったまま、剣を握る手に力を込めてゆっくりと回り込むラルフィル。
ラルフィルを除く全員は、岩の影に隠れてその雄姿を見守る。
「随分大きいわね。大丈夫かしら……」
「リガルド様のお弟子さんってことは、ラルフィル様も相当お強いんですか?」
「ラルフィル、頑張れ~!」
「ラルフィル様、ご武運を……」
めいめいが好き勝手なことを呑気につぶやく中、ラルフィルはその剣を握る手に力を込めて、しなやかにリガルド仕込みの剣技を次々に決めていく。もちろん相手も一筋縄ではいかないようで、そのやわらかな体をくねくねと動かしながら剣先をかわしていく。
時折、ひゅんっ!という音ともにマチアルドたちのいる方にまでつたの先が伸びてくるのだが、ここまでは届かないようでほっと胸を撫でおろす。
「あ!見て。ラルフィル様の剣が茎の真ん中に刺さりましたわ!痛そうね……」
ティリアの言葉にマチアルドはその方に目を向けると、今まさにその刺した剣を真下にずざざっ!と切り下ろしているところであった。
ぶしゅうっ!という水分を含んだ嫌な音とともに、その切り口から緑色の液体が噴き出す。
思わず、その絵面に顔をしかめるマチアルドである。
その切り口から、暴れつたはぶしゅっ!ぐしゅっ!と液体をまき散らしつつ、痛みにのたうちまわっている。ラルフィルはここぞとばかりに、長いつたを一本また一本と切り落としていく。その鮮やかな手並みに、一同は目を奪われる。
「静かになってきましたね。もう力尽きそうなんじゃないですかね?」
「痛そうだなぁ……。ラルフィルって普段あんなに温厚そうで優しいのにさぁ、剣持つと人が変わるよな」
「そりゃかわいそうとか思って切りつけられなかったら、戦いようがないじゃないの。私も少しは、ラルフィルみたいに戦えるといいんだけど」
自分のタコ一つない小さな手を見下ろしながら、ため息をつくマチアルドである。戦いをラルフィルに任せきりなことに罪悪感を感じているのはもちろんだが、戦いをみているとなんだかいても立ってもいられないような沸き立つ思いにかられるのだ。
まさか自身の中に戦闘意欲が眠っていようとは、初めて知る自分の一面に驚くマチアルドである。
「崩れ落ちたわよ!ようやく決着がついたみたいです」
「さすがね、ラルフィル。頼りになる!」
「ラルフィルがいなかったら俺たちもうやられちゃってそうだよね~。ラルフィルがいてくれて本当に良かったよ」
どうやらシュタルトの中には、戦闘意欲は皆無のようである。
水分を含んだ何かがずずん、という衝撃とともに崩れ落ちる音と、ばたん、だの、ぶしゅっ、だのと耳に残る嫌な音がしばらく続いた後、ようやく静寂が訪れる。
こちらからはラルフィルの大きく息をする背中しか見えないが、どうやら無事ラルフィルが勝利を収めたようである。
「終わったみたいね」
「終わったっぽいな」
「終わりましたのね」
他人事のようなコメントに、マルセルは無言で隣の面々を見る。
陶器人形であるがゆえに破損を恐れてここに逃げ込んだ自分が言えることではないが、本当に見てるだけなんだな、この人たちは。そんなことを思いながら、マルセルは何とも言えない気持ちで、横たわる植物を見下ろすラルフィルの背中を、同情のこもった眼差しで見つめるのであった。
マチアルドたちは、一斉にラルフィルのもとへと駆け寄る。
「やったわね、ラルフィル。もうつたなんて敵じゃないわ」
「お疲れ様です。さすが剣豪といわれるだけありますね!おかげで助かりました」
「ラルフィル様も、とってもお強いんですのね。さすがリガルド様のお弟子さんですわ」
足元に転がる大きな暴れつたは、もはやぴくりとも動かない。周囲には緑色の液体が飛び散って地面の色を変えている。それを踏まないように直視しないように、マチアルドはラルフィルをねぎらう。
「全部任せてしまってごめんなさいね、ラルフィル。感謝してるわ」
「いや、いいんだ。そのための剣なんだし」
ラルフィルは面と向かって礼を言われて照れたのか、少し目元を赤らめてそっぽを向いている。二十二歳にしては反応がかわいらしいというか、初心というか。恋愛経験にうといというのも、本当らしい。
なんだかその様子にくふふふ、と笑いがこみあげるマチアルドである。
――自分よりもずっと年上の男性をかわいいなんて、失礼ね。でもなんだか、かわいいわ。二十二歳っていっても、そんなに大人ってわけではないのね。ちょっと安心したかも。
そんなことをマチアルドが思っているなどとは露知らず、ラルフィルは服や剣についた緑色の液体をげんなりと見下ろして途方に暮れていた。




