力を失わせたもの
翌朝も一同は早くから起き出して、リガルド探しを始めた。
昨日のバトルの一件でティリアはすっかり元気をなくしてしまったようで、表情も冴えない。それを心配そうにマチアルドとラルフィルが見つめているのだが、かける言葉がみつからないまま森の中を歩き続ける。
「そういえばさ、昨日のあれ。弱点とかないの?あんな長いつた振り回されたら、いくらラルフィルが強くたってきりがないよ。一人しか剣を使えないんだし」
「確かに弱点が分かれば戦いやすくはなるが……。植物なら火には弱いだろうが、下手に火をつけて山火事にでもなったら大事だしな。他には……」
考え込む一同に、ティリアは手のひらに何かを乗せて差し出す。
「力を弱めるくらいの効果しかないかもしれませんが、これなら少し相手の動きを弱められるかもしれません」
ティリアの手の上にあったのは、さほど大きくはないがマチアルドでさえめったにお目にかかれないほど純度の高い星石、スター・ティリアであった。
「これは、私の意識とつながっているのです。ですからこれを持っていれば、自分と同種とみなして襲ってこないかもしれません。マルセルは人形なので必要ありませんし、私も今の状態なら大丈夫そうです。でも一人一つとしても、大小含めて二つしか手持ちがないんです」
ティリアの手のひらには、二つのスター・ティリアが乗っている。
必要なのは、マチアルドとシュタルトとラルフィルの三人分である。あとひとつ足りない。
ここで三人は思い出した。
「あるじゃないか、もう一つ!」
そうである。神殿に奉納されていたスター・ティリアをその手に握ったまま、マチアルドたちはクラゲへと飛ばされたのだから。
マチアルドはポケットの中から、それを取り出す。
「まぁ、これは神殿の匂いがしますね。ちょうどよかったわ。ではこれを一人一つずつお持ちください。攻撃力はありませんけど、植物避けに少しは役立つはずですわ」
こうしてマチアルドたちは、暴れつたよけの石を手に入れたのだった。
リガルド探しは何の手掛かりもないまま、時間だけが過ぎていく。
森の木々や動物たちには特に変わった様子はないが、時折つたなどが足首にからみついてきたり、足元を小さな雑草が根を抜いた状態でちょこちょこ走り抜けたりしていく。
最初こそその度に悲鳴を上げて逃げ回っていた一同だが、そのうちに小さいものならばため息程度であしらえるようになっていた。慣れとは便利なものである。
どうやら一部の植物にのみ、異常が発生しているようだ。そのほとんどは小さなもので特に危害を加えてくるわけでもないし、ちょこちょこと動き回る様子はかわいいと言えないこともない。
「どうも原始的な植物に限定して、異常が起きているようだな。繁殖力が強いからかな。つたとかシダとかそういう植物は」
先ほどマルセルの耳に絡みついて大騒ぎとなったシダ植物を、指でつまみ上げてラルフィルがつぶやく。
「確かに強い植物ではありますね。地面から力を吸い上げる力が他の植物よりも強い分、影響を強く受けているということでしょうか。まぁシダ植物は大きいものも中にはありますが、ここの森にあるものはたかが知れてますし、それほど恐ろしくはないかもしれませんが……」
「そうだな。だがつたはな……」
全員が一度は、つた植物の被害に遭っていた。足首だとか腕、首などの細い部分を狙ってつたをするするとどこからか伸ばしてきて、絡みつくのだ。つるが長く伸びる分、本体がどこにあるのか容易に見つけられないのが難点だ。反撃しようにもどこにいるのか分からないのだから。
絡みつくそのぞわぞわする感触を思い出し、一同はげんなりと肩を落とす。
「嫌よね、あの感じ。そろ~っと絡みつくのよね。そろ~っと……」
「背後にまわられるあの感じ、気味が悪いよな。ぞわ~っとするし」
「せめてつたがなければいいんですけれど……」
今のところそのすべてに反撃に出ているのはラルフィル一人である。他の者は誰一人として武器の心得はないし、戦い方を知っている者もいないのだ。
ラルフィルはため息をついた。
ティリアほどではないにしろ、確かに自分ひとりの肩に他の者の安全がかかっているというのは、心臓に悪い。せめてもうひとりくらい、戦える人員がいればと思わずにはいられないラルフィルである。
◇◇◇◇◇◇
一行は森を進む。
一応魔除けならぬ暴れつた避けを身に着けているとはいえ、その効果は小さな植物の動きを弱める程度。残念ながら、巨大な植物相手には効果の程は期待できなさそうである。
「ねぇ、ティリア様。リガルド様のどういうところが好きになったんですか?やっぱり剣が強いところ?」
辺りの気配にビクビクしながら、マチアルドはティリアに尋ねる。
「もちろんお強いところも素敵ですけど、何より私に気づいてくださったことかしら。私は通常人間には見えませんし、精霊の存在も知られていませんもの。もちろん精霊はそういうものですけれど、でもある時私ふと思ったんです。誰にも気づかれないなら、いないのと同じなのなのじゃないかしらって」
マチアルドは、そこにいるのに誰からも認識してもらえずに永遠にあり続けなければならない孤独を想像して、胸をきゅっと締め付けられる。
ティリアは、世界の始まりから終わりまでずっと、誰にもその存在を知られずにあのクラゲに乗って大地を浄化し続けるのだ。たった一人で。
ティリアは、銀髪に結ばれた赤い紐を大事そうにそっといじりながら続ける。
「なぜかはわかりませんが、あの方には私の姿が見えたのです。森の中を歩く私の姿が。声をかけてくださったとき、息がとまるかと思いましたわ」
なんとなく、その時のティリアの心の内を想い、胸がつまるマチアルドである。
「ねぇ、リガルド様ってどんな方?素敵なの?」
「そりゃあもう!髪は少し白いものが混じってらして、その後ろ髪をこの赤い紐で結ってらっしゃるのだけれど、白に赤が映えてそれは素敵なのよ。それでね、植物が襲ってきたときなんて剣の動きが本当に速くて、あっという間に倒しておしまいになってね。それでね、それで」
顔をほんのり上気させて、マシンガントークを始めるティリアである。その勢いに押されて思わずのけぞるマチアルド。ティリアのリガルド様への熱い思いは、十分に伝わった。
――すごく素敵で、とても好きなんだね、うん。わかったから手を大きく振り回すのはやめて。さっきのつたを思い出すから。
思わず表情をこわばらせるマチアルドである。
マチアルドは、ティリアのように誰かを特別に思う感情をまだ知らない。王女であり次期女王になる自分にとってはどこか遠い世界の話のようでもあり、現実味に欠ける。だがきっと、素敵なものではあるのだろう。
が、マチアルドは違和感を感じていた。恋というものが心に与える影響は、確かに大きいのだろうとは思う。恋わずらい、というくらいだし、精神的にも身体的にも変調をきたすのだろう。が、精霊がその力を失うほどに、大きい影響を与えるものなのだろうか。失恋をしたとか死別したとかいうわけではなく、ただ会えない時間が寂しいという理由で。
――初めてリガルド様に出会った時に、植物に追いかけられたって言ってたわ。ならリガルド様との出会い以前に、すでに力を失い始めていたのではないのかしら。その結果として、植物が異常をきたして狂暴化したのでは……。だとしたらリガルド様に会ったところで、力を取り戻すことが果たしてできるのかしら。
マチアルドは、隣を歩くティリアの横顔をちらと見つめながら深く思案するのだった。




