うごめく気配
リスデールの森は、まだ生きていた。
マチアルドたちが降り立った辺りは目を覆いたくなるような有様だったが、少し先に進むと生き生きとした生気に溢れた美しい森が現れたのだ。
それはラルフィルが子どもの頃から慣れ親しんだ、リスデールの美しい豊かな森だった。
「ラルフィル、良かったね。いい森じゃん。まだまだ大丈夫だよ、元気出していこうよ」
「そうだな。この辺りはまだ大丈夫そうだ。木も草も深く生い茂ってるし、動物もいるようだしな」
そう言ったラルフィルの視線の先で、一匹のふっくらとしたリスがささっと道を横切るように通り過ぎていく。その手にはしっかりどんぐりが握り締められていたところを見ると、冬ごもりの支度で大忙しなのだろう。
「もしかしたらあの一帯には、もともと悪い気が溜まっていたのかもしれません。それが浄化が滞ったことで、一気に状態が悪くなったのだと思われます。もちろん、危機的状況であることには変わりありませんが……」
おずおずとマルセルが補足する。浄化が滞っているためにもたらされている異変を目の当たりにして、ティリアはもちろん、マルセルも落ち込んでいる。
ラルフィルはそんな二人のもとに歩み寄ると、ぽん、と頭に手を乗せて明るく声をかける。
「ほら、そんな顔するな。俺たちが力を合わせれば、いい解決法が見つかるさ。それに師匠が見つかれば、あっという間に解決するかもしれないんだしな。……ティリア様もマルセルもそんなに気に病むな。調子が出ない時は誰にだってあるさ。精霊だって同じだろ?明るく行こう」
そのあたたかな気づかい溢れるラルフィルの様子に、マチアルドは心打たれた。そして、心の底からラルフィルを頼もしいと思った。
一番落ち込んでいるのは、ラルフィルだろう。自分の大切な生まれ育った国が、朽ちていこうとしているのを目の当たりにしたのだ。なのにあんなふうに、まわりの者を思いやれる人なのだ。
「そうそう!元気出して行こうぜ!……あ、ちょっと待ってて!」
シュタルトはからりと笑うと、突然に生い茂る木の上の方を見ながら駆け出していく。
相変わらず、元気印の能天気である。その無邪気な明るさが、今この場には何より必要だ。その場の全員が、ほっと肩の力が抜けたように落ち着きを取り戻す。
「ほら!いいもん見つけたぞ」
シュタルトはそう言って、木の上からぽ~ん、と何か拳ほどの大きさの何かを木の下に集まった面々に、ひとつずつ放ってよこす。
見るとそれは、きれいな黄色に色づいた丸みのある果実。手の中からほんのりと甘い香りが立ち上って、マチアルドは顔をほころばせた。
「カナの実ね!そういえばちょうど今頃がおいしい時期だわ。よく見つけたわね、シュタルト」
「任せとけ!ちょっと小腹すいたと思ってたんだ。なんでかな、リリーちゃんを下りたら急に腹が減っっちゃって。俺だけ?」
自慢げに鼻の頭をこすりながら、胸を張るシュタルトである。言われてみれば、とお腹に手をやるマチアルドとラルフィル。
「リリーちゃんから大分離れましたからね。普段の感覚が戻ってきたのかもしれません」
マルセルは大きな鼻をくんくんと動かしながら、渡されたカナの実の匂いを嬉しそうに嗅いでいる。ティリアは香りを楽しみつつも、そのするりとした手触りの方が気に入ったらしく、先ほどから頬にすりすりと寄せては、その感触を楽しんでいる。
二人とも、気持ちが落ち着いたようで一安心だ。
カナの実にかぶりつきながら、リガルド探しを続ける一行。
マチアルドも普段ならば決して許されないであろうお行儀の悪い食べ方ではあるが、遠慮なくがぶりとその果肉にかぶりつく。甘くたっぷりな果汁が手から零れ落ちて、危うく洋服を汚しそうになって慌てて振り落とす。その様子を側でみていたラルフィルもまた、同じようにべたべたな手を持て余しつつ、笑いあう。
「にしても、リガルド様どこにいるのかしら。もちろん、そもそもこの森にいるとは限らないけれど」
「王都には戻ってないと思う。賑やかな場所が嫌いだからな、あの人は」
「そういえば、ティリア様はリガルド様とどのようにお知り合いに?まだ聞いていませんでしたわ」
マチアルドの質問に、ティリアはぽっと頬をかわいらしく染めて、もじもじと手を握り合わせている。
「そうですわね。出会いは一年ほど前かしら。普段は地上に降りることなんてないんですけど、その日はあんまりこの森の緑がきれいで。たまにはお散歩するのもいいかしら、と思ってこの森を歩いていたんですの。そうしたら、とても元気のいい植物に追いかけられてしまって……。それを颯爽と現れて助けてくださったのが、リガルド様なんですの」
マチアルドは、ん?と会話の中に違和感を感じた。
――今何かおかしなことを聞いたような?元気のいい植物、うん。これは別にいい。生き生きと葉を茂らせているとか実をつけているとか、そういう意味ならば。
が、問題はその後だ。
「今なんとおっしゃって?確か元気な植物に『追いかけられた』っておっしゃられた気がしたんですけれど、聞き間違いですわよね?」
マチアルドのこわばった声に、一同がティリアに目を向けた。
マチアルドは思った。返答次第では、ここを即刻立ち去るべきかを考えなければならない、と。
「ですから、追いかけられたんですの。……ほら、あんなふうに」
そういって、一行の背後をにっこりと指さすティリア。
「あんなふう……?」
ぎぎぎ、とぎこちない動きでゆっくりと後ろを振り向くマチアルドたちの目に映ったものは――。




