死にゆく森
翌朝、リガルド探しを始めるべく一行は意気揚々とリスデールの森に降り立った。
鬱蒼と生い茂った森の真ん中に、リリーちゃんのピンク色の長い触手がゆっくりと下りていく。ゆらゆらとひだをはためかせながら触手が降りていく様は、美しいというよりは恐ろしい。未知の生命体に、今まさに森が飲み込まれるようとしているようにも見える。
でも実のところ、リリーちゃんは風で移動しないように固定しているだけである。つまり、アンカーだ。
「リリーちゃんは本当におりこうさんね。いい場所を見つけてくれて。ここならばっちりよ」
ティリアはうふふと目じりを下げて、リリーちゃんのひだにすりすりと頬を寄せている。
傘や触手のひだはリリーちゃんの機嫌に合わせてひらひらとはためいて、さらにご機嫌だと触手がばったんばったんと動くらしい。今がまさにご機嫌MAXな状態のようで、先ほどから触手が元気よく動いている。
傘は七色に色を変えて、点滅するように内から光り輝いている。その様はとてもカラフルだ。こんな派手なものがこれまでも空を飛んでいたのかと思うと、なんだか不思議な気持ちである。
触手は、細い糸のようなものも合わせると全部で何本あるのか数えきれない。アンテナの役割を果たすもの、物体などを掴み上げるもの、着地する際のアンカーの役割をするものと器用に使い分けているらしいが、どれがどれなのかはマルセルにもよく分からないらしい。
一言で言って、リリーちゃんはとても綺麗なクラゲの女の子だ。
地上に降りたってその全容をようやく見ることができたマチアルドたちは、その大きさと不思議な造形とに目を奪われた。
「こんなものに乗ってデアルタから旅してきたのねぇ……。不思議な気分」
「本当だね。俺神殿に一緒に行って本当に良かったよ。王宮で留守番してたら、リリーちゃんにもマルセルにもティリア様にも会えなかったし、リスデールにもこれなかったもんね。最高だよ」
大地とデアルタの危機だというのに、なんて能天気な!とにらみつけるマチアルドにぺろりと舌を出して、にひひ、と笑ってごまかすシュタルトである。
「でもまぁ、こんな経験ができるなんて思ってもみなかったのは確かだな。元の世界だとどこに行っても身分がついて回るが、リリーちゃんの上では気楽な反面、心もとないようなおかしな気分だよ」
ラルフィルの言葉に、仲間意識を覚えるマチアルド。
「そうよね。私も王女としてじゃなくて、ただのマチアルドとして自然に振る舞えている気がするの。こんな気分、初めてよ。不謹慎かもしれないけれど、なんだか気が楽で楽しいの」
思わず嬉しくなって、顔を見合わせて笑い合う二人。
「ではそろそろリリーちゃんの用意も出来たようですし、参りましょうか。近くに、リガルド様とよく過ごした思い出の場所がいくつかあるのです。まずは、そこへ行ってみましょう」
◇◇◇◇◇◇
リスデールの森は、マチアルドの想像とは少し様子が異なっていた。薄気味悪いというか、生気がないというか。色がないのだ。
もちろん今は冬に向かう季節であるから、木々の葉が枯れ落ちていても花が鮮やかに咲いていなくても不思議ではないのだが、それにしてもなんだか様子がおかしい。
「ねぇ、リスデールの森って今の季節はいつもこんな感じなの?少し葉が落ちすぎている気もするし、木もまるで病気にかかったような色をしているし……」
並んで歩くラルフィルの表情も険しい。
ラルフィルにとっては、子どもの頃から歩き慣れた森だ。落葉樹と常緑樹とが入り混じって生い茂るこの森は、動物たちにとっても恵み豊かな森であったはずである。だが、この森は――。
「これはやはり未浄化の影響なんでしょうか?木肌はまるで病気にでもかかったように肌色を変えていますし、常緑樹も葉を落としている。それに繁殖力の強いはずの雑草でさえ、根から枯れています。これはやはり……」
一同がティリアのいる方を振り返ると、その体を小さく震わせて立ちすくむ姿があった。呆然とした様子で、森の様子を見つめている。
「ティリア様……やはりこれは浄化が滞っているために起きた異変なんですか?」
「……ごめんなさい。私のせいだわ。こんなに……私」
青ざめたティリアの頬を、声もなく涙が流れ落ちていく。
木々は今にも枯れ果ててしまいそうな弱々しさで、地面はひび割れ、以前はこんこんと湧き出ていたと思われる小さな泉も、わずかにぬかるみを残す程度しか水が残っていない。
鳥のさえずりも聞こえず、生き物の気配もしない。
これほどまでに大地が様変わりするのかと、マチアルドたちは一様に言葉を失い、その場に立ち尽くした。もしこれがデアルタの森にも広がっていたら――。
マチアルドはその腕で、自身の身体をぎゅっと抱きしめた。
もしこんな状態が続いたら、デアルタの森もリスデールの森も、すべてが死んでしまう。絶対にそんなのは嫌だ。空の上から見ていた時には気づかなかった。これほどまでに深刻な事態になっていたとは。
自分の呑気さに、マチアルドは大声で叱りつけたい気持ちでいっぱいになる。
「急ぎましょう。大丈夫、きっと間に合うわ。ラルフィル、私のデアルタもあなたの国も絶対に守りましょう。まだ私たちにできることは残っているわ」
マチアルドは気持ちを奮い立たせるようにして、歩き出す。
その言葉にはっと弾かれるように、皆後に続く。
――急がなくちゃ。ティリア様の力をどうしても取り戻して、浄化して大地を正常に戻してもらわなくちゃ。きっと守って見せるわ。デアルタも、リスデールも、この大地も!




