王子はいずこ ~リスデールの王宮にて
リスデールにその知らせが届いたのは、ラルフィル王子が神殿から行方をくらまして約二日が過ぎた後のことだった。
平常時は船で往来するのだが、緊急の折には険しい山道を早馬で駆けに駆け、途中からはさらに王家所有の訓練された鷹を用いて伝令を飛ばすのである。とはいえそれらを用いても、一日半はかかるのだ。
それを考えれば、相当に早い到着だと言える。
「ラルフィルが消えただと?それは一体どういうことだ?賊の仕業か?それとも何かの事故にでも?」
その知らせに、リスデールの王宮は騒然となった。もっともこれはラルフィルの両親である国王と王妃、そしてその後継である長兄と、側近としてそれを支える次兄の他は、一部の大臣クラスを除いて秘された情報ではあったが。
「詳しく申せ!よもやデアルタと何かあったわけではあるまい。何事が起きたのだ」
動揺する一同に、その詳細が知らされると沈黙が落ちた。
「つまりは事故でもなく事件でもなく、何か不可思議な光によって行方が知れないということか。何だ、そりゃ」
「情報が少なすぎるだろう、いくらなんでも。神殿内はくまなく捜索しているのだろう?どこにもいないのか。王女ともども?」
兄たちは眉をひそめて、このおかしな知らせに困惑の声を上げる。国王と王妃は顔を見合わせながら、どう対するべきかを思案している。
「こちらからも捜索の人員を送ってもよいが、それでは大事になろう。これはしばし静観するべきか……。あのラルフィルのことだ、自身の身の危険はあの剣の腕があればなんとかなるだろうが。しかし、デアルタの王女も一緒となるとこれは……」
「ええ、あの子はああ見えて肝の据わったところがありますからね。でも光とともに消えたなど、神隠しのようなこと現実に起こるのかしら……」
ラルフィルは三番目の息子であり、兄弟の中では一番性格的に控えめで気が優しい。特段上の兄たちに対して劣っているとか才がないといったことはないのだが、気性が穏やか過ぎて長兄たちに比べると頼りなくうつる。
でも家族は知っていた。
ラルフィルは、兄弟の中にいるとその優しさのあまり遠慮がちになるだけで、実際は力を発揮できずにいるだけだということを。
「まあ、あいつならなんとかするだろう。俺たちより剣の腕が立つし、あれでいてしっかりしてるからな。案外王女様とうまくいくかもしれないしな」
「それはあちら次第じゃないか。あいつ、奥手というかその辺うといからな。もちろん、デアルタの王女と婚姻を結べれば、リスデールとしても願ったりなんだが。とりあえず数日は静観して、その後何も進展がないようならまた考えればいいと思うな」
兄二人から見て、ラルフィルは自分たちを慕ってくれるかわいい弟であり、ある意味ライバルでもあった。ついた師匠が違うためその差が目立たないだけで、とうの昔に剣の腕は超えられているのだ。おそらくはリスデールどころか周辺国の中でも一二を争うほどだ。
本人だけが、兄たちよりも自分は劣っていると勝手に思い込んでいるのだが、その控えめさがなんとも面映ゆい。
「そうだな。しばらく様子を見てみるか。とりあえずは三日だ。三日たって何も動きがないようであれば、こちらからも手を打つ。そのようにデアルタの使者に伝えよ。ただし、くれぐれも穏便にな」
国王は威厳のある深みのある声でそう伝えて、臣下を下がらせる。
部屋の中には血のつながりのある家族だけが残された。
「なぁ、でも本当に大丈夫かなぁ。ラルフィルはちょっとぼんやりしてるところもあるだろう。剣は立つがうっかり大けがなんてことにならんよなぁ?」
「あなたったら!もっと息子を信じてくださいな。そりゃあの子はちょっとぽーっとしたところがありますけれど。そこがまたかわいいんですのに」
末の息子ということもあり、もういい年ではあるのだがいまだかわいくて仕方がない親たちである。
「でもぼんやりしてると思うといきなりどっかいってデカい獣とか倒してきたりして、こっちはひやひやするんだよな。変なところ度胸があるっていうか、向こう見ずっていうか」
「そうそう。リガルド師匠のところに弟子入り志願したのだって、あいつ勝手に王宮抜け出して頼み入ったんだよな。山ん中で修業中のリガルド師匠のところにさ。大胆というか無鉄砲というか」
平静さを装う必要がなくなった途端に、次々と不安が押し寄せる。
果たして今頃ラルフィルはどこで何をしているのか、無事なのか、はたまた生きているのか。
思いもよらない知らせに、動揺を隠せない一家であった。
◇◇◇◇◇◇
その頃、リスデールの領土の西の森近くの村に、一人の老人が何やらわめき声を上げながら駆け込んできた。いぶかしげにその姿をみる村人たちの視線は、幾分冷ややかである。
「大変だぁっ!聞いてくれ、そこの森で!森の奥で化け物をみたんだ。でっけえ植物が追いかけてきたんだよ」
唾を飛ばしながら必死に訴えかける老人の顔は赤く、その息は酒臭い。身なりもだらしなく、いつも日も高いうちから酒をかっくらっては人にからむという、やっかいな名物爺さんであった。
そのため、その老人の声は村人たちには届かない。
「まぁたそんなほら話!いい加減にしときなよ。そのうち本当に体壊しちまうよ、爺さん」
「しょうがないねぇ。そんなおかしな話、誰が信じるもんかね。前だって空に何かでっかい丸いものが浮いてたなんていってたけど、誰もそんなの見てなかったじゃないか」
酒飲みの冗談、もしくは酒を飲みすぎたことによる幻覚としか、もはや誰も思わない。
だがその頃、その件の森の中では。
自身の身体の半分はありそうな立派な長剣を見事な剣さばきで振り下ろし、巨大な植物を真っ二つに切り裂く一人の男がいた。
地面に転がるふたつに分かれたその緑の身体は、二つに分かれてなお、びちびちと体をはねるようにのたうち回る。そのうちにぴくりぴくり、とその命を失っていくその先端を、すぱんっと切れ味のよい刃先で切り落とし、満足そうな笑みを浮かべてそれを持ち去る。
すたすたと何事もなかったかのように歩き去るその背中には、長く伸びた白髪交じりの髪を束ねた赤い紐が揺れていた。




